雑誌「婦女界」が主宰する「婦女界花壇」は砧村に園芸場を持って読者に通信販売を行っていた 主任は石山顕作氏
※昭和6年、雑誌『婦女界』は代理部に園芸部「 婦女界花壇 」を設けて、 種子や球根の通信販売、切花の頒布会、花束、花籠、花環の注文配達などを行っていた。 主任の石山氏は千葉高等園芸学校OBで永島四郎(こちらは婦人公論花の店)と同世代。 東京府北多摩郡砧村(世田谷区砧公園あたり)の園芸場で 石山顕作氏が関係していた園芸会社といえば、 藤山愛一郎 氏(外務大臣、経済企画庁長官、衆議院議員(6期)、日本商工会議所会頭、経済同友会代表幹事、初代日本航空会長、自民党総務会長)が社長で、 資生堂の福原信義 氏が役員をしていた「 東京フロリスト 」のあとを 引き継いだのではないかと推察する。 婦女界園芸部の事務所は丸ビルの2階にあり、ここで注文を受けていた。 ※『婦女界』43(5) 1931(昭和6)年5月号 心得おくべき花環・花束・花籠の常識 婦女界花壇主任 石山顕作 ◯ある失態 ある外国の有名な音楽家が来朝して、第一回の演奏会を華々しく開いた時、ステージに赤い花で作った大きな花環が飾られてあったのを見て、「私の芸術はまだ死んではおりません、また私自身も死んではをりません」と主催者に皮肉りました。併し主催者も、花環を贈る意味を知らなかったので、何の意味か分かりませんでした。 この音楽家は何に憤慨したのでしょうか。花環に対してです。花環は葬式又は追悼会以外には使用されないものなのです。ところが日本ではこのことが徹底していないため、未だに祝儀やステージに花環が送られるのを見受けますが、あれは全くの間違いです。しかも生花ならまだしも、造花の花環にいたっては誤りも甚だしいのです。ですからこの場合、ステージに飾られた花環は、追悼音楽会を意味したことになったのです。主催者の心はステージを美しく飾る好意に外ならなかったのですが、花の正しい使い方、贈り方を心得ていなかったために、とんだ大失態を招きました。 これはほんの一例にすぎませんが、今日の様に花という物が、生活の中に入りこんで、頻繁に使用される様になった現代では、花の使い方、贈り方位の事は、常識として是非心得ておく必要があります。 ◎花環・花束・花籠の意味 花環は一たい不祝儀に使われるもので、葬式に用いて哀悼の意を表したり、追悼会とか追善の様な場合にそれぞれ使われます。 花環の外にも、十字架、ハート型、立琴型などの花...