明治末期の兵庫県の園芸 日本有数の園芸王国であった兵庫県の神戸市および川辺郡、武庫郡、明石郡の三郡の状況がわかる好資料
大正元年(1912年)『兵庫県の園芸』兵庫県農会 から
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観賞植物
本県に於ける観賞植物の栽培は甚だ盛にして其産額亦少なからず之が主なる栽培地は川辺郡を最とし次て神戸市及び武庫明石飾磨(※しかま)の各郡にして各特異の点を略述すれば川辺郡にありては古来より盆栽及び庭園用樹の栽培進歩し神戸市は近時盆栽業竝に和洋花卉類の露地温室の両栽培盛となり武庫郡にありては古来より在来花卉を近時に至り西洋草花の温室培養をなすに至りたり其他明石飾磨等に於ては和洋花卉類を栽培するも未だ寮々たるの感なきにあらざるなり(※いまだわずかなものでしかない)
今主要なるもの二、三に就て之が沿革培養の概況を摘述せん
第一節 川辺郡に於ける盆栽
(一)沿革
川辺郡内に於て本業の最も盛なるは長尾村にして其盆養起源は甚だ古く口碑の伝ふる所によれば豊臣氏の時代より既に本業に従事せしものありたるが如し其後徳川幕府の時代に於て農民は穀類殊に米作を以て主業とし天職となす可き布令あり之が栽培を禁制せられたることありしも由来当地は比較的人口凋密土地極めて瘠薄にして生産力に乏しく玄米の収穫の如き一反歩僅かに一石内外に過ぎざるため農家経済豊かならず農村の頽廃年を追ふて甚敷為に米作は漸次衰運に傾くに至り之に代ふるに盆栽業の振興を醸すに至れり
明治維新後観賞植物の需要頓(にわか)に増加するに至りたれば層一層本業の発達を著しからしめ専業とするもの続出し産額大に加はり山本村の如き全村観賞植物を以て覆はれたるが如き有様にして遠く欧米地方に迄輸出せらるゝの盛況を呈せり
(二)地勢風土
長尾村は大阪を去る西北五里の処に位し背後に長尾山を背ひ西は六甲の山脈を以て巡らされ南方に向つて傾斜せり
土質は軽き埴質壌土乃至壌土にして肥沃なりと云ひ難きも気候温暖中和冬期積雪を見ること殆んど無く夏期は高温にして降雨時々至り植物の生育に適す
(三)盆栽と植物
以前にありては尺寸の盆中に小天地を作り山水の美を移し栽へたるものなりしも漸次世の風潮と共に本業も亦変遷を来し単純なる盆養をなすに至れり而して其種類は多種多様にして殆んど盆養に供し得らるゝものは総て網羅せられざるなく観花植物観葉植物観実植物の全部に亘れり今主として培養せらるゝ種類名を列挙すれば左の如し
松、梅、楓、欅、柘榴、竹、躑躅、薔薇、棕梠竹、蘇鉄、仏手柑、真柏其他各種の花卉類
(四)盆養土調製法
盆養土は植物の種類により其調製法を異にし一律の下に之が標準を示す能はずと雖も調合の大体を述ぶれば真土(※まつち 耕作に適した良質な土壌)と細砂を混合するものにして真土は肥沃なる水田の土壌或は溜池の泥土を用ひ細砂は河川より之を得其混ずべき比例は真土六砂四の割合にして躑躅、矮檜葉の如く根の繊細なるものは極めて細かき砂を用ひ松、棕梠竹の如き根の太きものは粗砂を用ゆ梅の如きは最も粗き砂を之が用に供する等植物の種類により大に其趣きを異にす
又泥土を使用するは多く温室培養植物に限られ普通のものにありては真土にて可なりとす
猶(なお)完全を期せんには水田の壌土或は泥土を細砂と混合し人糞屎油粕類を交へて堆積し風雨に晒らされざる場所に堆積腐熟せしめ肥沃膨軟ならしめ使用に供するにありて盆栽植物の優劣は盆養土の調製如何による事多大なれば之が調合に就ては細心なる注意を要し熟練なる技能により手加減を加ふ可きものなれば其詳細は筆紙に上すことを得ず
(五)蕃殖法
蕃殖を行ふには種類及目的により其方式を異にし多様なりとす即ち変種を作り出さんとする目的に向つては実生法とし最も早く生育せしめんとする場合には嫁接法により一時に多数を蕃殖せんとするには挿木法による之等の方法に依り蕃殖困難なるものにありては株分法によると雖も此の地に於て主として用ゆるは挿木及び嫁接の二法なり然れ共棕梠竹、観音竹其他の竹類は株分法に蘇鉄は当地にて蕃殖困難なるを以て全部鹿児島県大島地方より移入す
亦楓の如き必ず嫁接法に依らざる可らざるが如き特殊のもの少なからず
(六)苗圃
苗圃は繁殖するに当り種類により其位置及び設備を異にせざる可らず即ち湿潤を好むものにありては陰湿地を乾燥ならざる可らざるものは排水可良なる乾地を日光の直射を忌むものは日覆を設け温暖なる気候に適し寒害の憂あるものは防塞の設備をなさざる可らず床上は特に調合土を作る事なく可成肥沃なる壌土の地を選び稲株雑草の如きは之を除き土塊を丁寧に細碎し三尺内外の幅に畦立を行ふ
(七)苗仕立法
挿木法に依り苗を仕立てんとするには床上及び東西南の三方を厳重に囲ひ日光を透射せしめざる様にし北側のみ開放し茲に挿木を行ふ其時期は梅雨期を可とし嫁接は之等の設備を為す事なく五、六月の頃に施術栽植肥培す而して挿木法に拠りたるものは九、十月の候に至れば既に活着発根して盛に養料を吸収するに至るを以て日覆を除き日光に充分浴せしめ根の発育を助長すると共に茎葉の充実を計る
実生及び株分は多く春期に於て之を行ふも植物の種類により多少其時期を異にす而して之等の方法に関しては種類毎に異なる点少なからざる可きを以て茲に詳説するの煩を避く
肥料は一般に春期発芽前及び秋期落葉後に油粕鯡(にしん)粕の粉末及び人糞尿を施用す
灌水は挿木に於ては厳重なる日覆の設けあるため其必要少なく嫁接にありては乾燥の度を見計ひ時々撒水若くは畦間に水を湛へ雑草は生ずるに従ひて抜き取る
(八)移植法
盆栽の種類及び生育の程度により蕃殖を行ひし年既に販売用に供すると雖も然らさるものにありては翌春三尺内外の畦上に仮植す其株間及び深浅等は種類に拠り一様ならざるものとす
移植の際特に注意す可きは余り深植に失せざる事と根の配置を誤らざるにありとす
(九)移植後の管理
本圃に移植したる後の管理としては油粕、鯡粕類を春秋二期に人糞尿を時々施与すると共に雑草を除き盆養に供す可きものは剪定を加へて枝條の徒長を防ぎ樹姿を整へ庭園用樹は之等の操作を加ふる事なく専ら上長生長をなすべく保護管理す
灌水は乾燥に際して時々給水するのみにて足れり斯くして移植後一年にして売り出すあり三、四年間培養するもあり亦鉢上げを行ふ等種類により多様とす
(一〇)鉢植法
盆養に供す可きものを鉢に植込むは一般原則とすべきものなけれ共樹形に応じ之が植込をなし又種類及び気候により或は鉢の大小深浅広狭により其方法を異にすれども多くは盆の中央を基とし樹の低きは高き盆を用ひ高き樹は低きものを用ゆ又結実を主とするものは多く大盆を用ゆ之れ結果を左右し得らるゝものなればなり
植込の方法は鉢の下底孔に貝殻或は木炭片を伏せ小砂利又は木炭末を少量に布き並べ排水をして可良ならしめ其上面は鉢縁より若干低く土を入るゝものとす
植込の時期は種類により異なれ
も一般に落葉樹にありては落葉後より春期発芽前迄とし常緑樹は三四月頃之を行ひ其他は必要に応じ之を行ふ
(一一)灌水法
盆栽培養中最も肝要なる事は灌水にあり然れども灌水の回数及び分量は樹の種類大小時期等に依り差異あるものにして一々之を筆紙に上す事を得ざるも一般に標準とする所は表土の乾燥して白くなるを度として給水し夏季にありては夕方一回にて可なるべぎも鉢の浅きものは昼間に一回乃至三回位施す場合少なからず亦春期発芽の時期に於ては水分を多く要するを以て余分に与ふ然れども灌水は総て多きに過ぎんよりは寧ろ少き方安全なりとす
灌水法は樹上より所謂葉上灌水を行ふものと根株に施すものと種類大小により一定せることなし
浅盆のものは多く葭簀(よしず)を覆ひ乾燥を防ぎ灌水の手数を省くを常とす用水は梅は井より汲上げたる儘(まま)の冷水を直に与ふるを可とし其他は汲み置を可とす即ち朝汲上げたるものを夕方に至り使用するが如し
(一二)盆養肥料
肥料としては油粕及び人糞尿の五倍液等にして高さ一尺位の樹にて油粕二握り程を春期発芽前及び芽出し後に於て分施す人糞尿は必要に応じ希釈して時々施用し油粕も亦腐熟せしめ液肥として施用する場合多し
樹を太らすべきものにありては夏期一回及び秋期落葉後に一回之を用ゆ
躅躑、石榴等は冬を除くの外常に施肥するものにして之が用量は各々異なるべきを以て略す
(一三)鉢の種類
仕立鉢は多く丹波鉢と
称し左図の如き形状のものにて大さは二、三寸乃至三尺位の直径を有し有馬郡藍野地方より取寄せ温室用のものは素焼なるも露天に置くものにありては乾燥し易き為め薬を塗りたるものを使用す其後に至れば各種の形状をなせる鉢を用ゆれども多くは丸鉢とす殊に当地方は一般に鉢上げを行ふ迄に販出すること多きを以て鉢に関する事項は多く記述すべき事なし
(四)販路及販売法
販路は内地到る処に之を有し海外は清韓欧米地方を主とす
欧米へ輸出するは多く百合、牡丹、芍薬、楓、藤、棕櫚竹、縞葉蘭、蘇鉄を主として其他各種に亘り多くは横浜植木会社の手を経て輸出す
内地にありては其種類の如何を問はず全国より春秋二期に来郡して仕入をなすもの多く其他仲買人の行商するもの少なからず行商区域は但馬、備前、丹波、播州、丹後、山城、大和、河内方面を主とす亦春秋二期に営業目的を発行して通信販売をなすあり或は栽培者自身之と各地に鬻(ひさ)ぐものありと雖も古来より長尾村の栽培家は行商する事比較的少なく多くは摂州池田地方に多かりき故に池田の盆栽として名を知られ長尾村の名世に聞へざりし所以なりとす
(五)荷造法
遠隔の地に移出する場合に於ける荷造り方法は樹の種類大小に依り各々其趣を異にし内地向は籠を海外輸出は箱を用ひ其大さ亦一定せることなく数量により之を定む籠の大さは略(ほ)ぼ一定し古来より牡丹籠と称し長さ幅、深さ共に二尺前後のものにて之に根を水苔にて包み藁を巻き籠中に縦に入れ其茎幹を縄にて籠の目に縛り付け転倒動揺を防ぎ樹と樹との間には填充物を入るゝことなく蓋は割り竹を半月形に曲げて籠の上面に架し冬季にありては籠の外面全部を菰にて包み縄を縦横に懸け夏期は菰を使用する事なく縄のみ懸けて搬出するものとす
附記
以上述べ来りたるが如く川辺郡殊に長尾村に於ける観賞植物の発達は著しきものにして一箇年の産額山本村一円のみにても拾五萬円に達し益々栽培法の改善と病患害の伝蕃を防ぐ為めには組合に於て燻蒸室を設立し需要者に満足を与へ大に販路の拡張に努めつゝあり当地は汽車電車の貫通するありて交通機関完備し顧客の往来に甚だ便利実に天与の土地と云ふべし
第二節 川辺郡長尾村の牡丹
(一)沿革
長尾村に於ける牡丹栽培の歴史は盆栽の条下に於て記述せしが如く其起源古く永録天正以前既に他の植木類と共に栽培せしものなりと口碑に依て伝へらる当時に於ては極めて微々たるものにして其品種も少なく優品に乏しかりし次て嘉永年間に至り漸く之が栽培に努むるに至りたりと雖も未だ産額は振はざりき明治維新後に至りて漸く発達の機運に向ひ明治十年頃には稍曙光を認め得るに至り優品種の増加と共に需要亦増加し爾来優等なるものゝ蒐集と栽培とに力を致し大に世の賞賛を博するに至り交通機関の完備すると共に益々共販路拡張せられ現今に於ては品種の如きも二百有余種を培養し其産額十万本を算し遠く欧米地方に迄其販路を開き猶芍薬砧に牡丹を接ぎ改良種を作る等品種の改良に力を致し栽培法の究研販売法の改善に意を注ぎ益々発展の形勢を示しつつあり
(二)地勢風土
前節に記述せしを以て之を略す
(三)前後作の関係並に輪栽法
前作は牡丹に限らず総て観賞植物は必ず二箇年以上水稲若くは蔬菜を作付するを法とし後作にありても同様米麦作若くは蔬菜類を栽培す之れ観賞樹は穀菜に比し土中養分の吸収力甚だ強き結果瘠薄に化し仮令肥料を過量に施すも其生育悪しきのみならず却って不得策たるを免れざるべきを以て先づ上記草本類を栽培し土地を肥沃ならしめたる後植附くるなり
(四)品種
種類は極めて多く二百有余種に達し花色亦多様にして寒咲種白花種純紅種濃紅色種絞り咲種黒紫色種淡紅色種底紅種班入種等其主たるものにて各品種に亘り種名特徴等甚だ煩雜に亘るを以て之を省略するも現今最も流行せるは赤花たる新神楽種白花種たる月宮殿なりと
(五)苗床
苗床は畑地に設くることなく総て水田にして能く耕鋤土塊を細碎し三尺幅の畦を設け其中央には肥料として堆肥及馬糞を鋤き込み畦上は土粒を碎きつゝ平坦に均らし作條を二條に切る
(六)砧木
砧木は牡丹砧を多く用ひ近年改良種として芍薬砧を用ゆるものありと雖も未だ多きに至らず
砧木は総て自家にて養成するるとなく薬種用として牡丹を盛に栽培せる大和地方及び有馬郡高平地方(此地方は長尾村牡丹栽培家に販売する目的なり)より之を仰ぐ由来牡丹砧は少くとも三、四年間肥培するにあらずんば嫁接に適する七八分の太さに達せさる為め比較的地代の不廉なる此地に於て育成するは不得策たるを免れざるを以てなり今参考のため之が養成法を述べんに古株の株分を行ひ五六寸の距離に新株一本宛を栽植し肥料としては油粕人糞尿等を年数回に施し一株より多数の茎幹を抽出する時は強健なるもの三本乃至五本を残し他は摘除し爾後年々肥培管理に意を用ひ植替することなく同一地にて三四年間培養する時は茎幹の径七八分乃至一寸位となるを以て之を砧木に供するにありて特別なる技術を要するものにあらざるなり
次に牡丹砧と芍薬砧の優劣に至りては一得一失を免れず即ち前者は根の伸長力旺盛なるを以て盆養とするに不便多く亦不廉なりと雖も最も大栽培を行ふに適するの故に貴はる後者は之に反して根の伸長力強大ならず従って盆養とするに甚便利而も価格低廉なるの得点を有するも大栽培を行ふに適せず未だ盛に本種を利用するに至らざるなりと
(七)接木の時期
秋の彼岸を中心とし其前後に行ふ
(八)接木法
接木は揚接法にして先づ砧を堀り上げ株際より一寸位の所より幹を切る此際注意す可きは基幹を可成短切する事にして若し長きに失せんか生長後接着部の割るゝ憂あり接ぎ方は削接にして砧木の平滑なる面を選み第九図Aの如く五六分の深さに皮を切り開きBの如く接穂の下部を斜に鋭利なる刀にて斜断し手早く之を接ぎ合せ砧と穂の形成層をよく密着せしめ俗に「アラソ」と称する苧を以て縛り傘の古紙を二寸平方位に切り之にて接着部を覆ひ接穂の先端は外部に暴はし細き棕櫚縄を以て此の油紙の散らざる様其上より纒絡す此縛り方は四周りに巻き其両端を結び附くるを法とす
(九)栽植法
既に接木を終れば豫(あらかじ)め準備せる苗床に畦上二條に株間一尺位に栽植しC図の如く長さ四寸直径二寸位の竹筒にて砧木の地上部を覆ひ其中に細砂を填充し其上に瓦片を置き雨水の侵入を防ぐ由来牡丹は湿気を嫌忌する事甚しく接着部に雨水の侵入するあらんか接合歩合甚だ少なけれは如斯油紙及竹筒を以て被護するにあり
(一〇)肥料
肥料は元肥として堆肥、油粕、鯡粕等を畦中に鋤き込み追肥として栽植後作條間に同様の肥料を施し猶人糞尿を発芽後一週間乃至十日毎に五倍位に希釈せしものを施し翌春二月下旬中旬乃至三月上旬頃に至らば遅効性肥料を与へ人糞尿のみは開花期に至る迄絶へず施すものとす斯くして肥培を十分にする時は接木の翌春既に大花を開くものとす
(一一)管理
栽植後発芽伸長するに至らば竹筒上の瓦片を除き三月下旬になれば接穂は発芽伸長して一尺位となるを以て竹筒を取り除き直に支柱を立てゝ砧木接穂共に堅く縛り附け折損するを防ぎ砧木より発生する芽を掻き取り専ら接穂に養料を送らしめ除草を行ひ肥培に力(つと)むる時は其年の春既に開花するに至るを以て直に花調へを行ひ鑑定選択す牡丹は寒気に対する抵抗力強きを以て防寒の備へをなすことなし
(一二)堀取
接木をなせし翌年の秋季彼岸頃茎根を傷(きずつ)けざる様丁寧に堀り取り同種類のものを集めて一箇所に仮植し直に接穂を切り取り他の接木用に供し始めて販出するものにして接木前に於ては如何に相場高騰するも売り出すことなしと
(一三)販路
牡丹の販路は英米両国に主として輸出し当地産の三分の二迄需要せられ内地に於ては其残余を販売するに過ぎず之が販売法は盆栽と同様なるを以て省略す
(一四)荷造り法
荷造法は簡単にして主として籠を用ふ
籠は前章に記述せし牡丹籠にして先づ苗木を「マセ」と称し女竹にて苗木の茎幹に副木し藁にて縛り茎の折損及び芽の傷けられざる様保護を加へ水苔にて根を包み籠の中に横臥せしめ堅く填め込む
一籠に入る可き本数は百本を普通とするも苗の大小により一定せず海外に輸出するものにありては箱詰とす箱の大さは先方の注文数により別に新調するを以て自然一様ならずと雖も填充方法は籠詰と同様にて可なり牡丹は性甚だ強健なれば五六十日間位輸送に時日を要するも損傷すること少なしと云へり
(一五)採種及播種法
種子は砧木養成の目的にて探ること少なく新種育成の場合に限らる其方法は秋期彼岸頃花梗を切り充分陽乾し貯蔵することなく直に苗床に下種所謂採り播の法に拠るなり
苗床は普通の冷床にて可なるべく冬季寒気烈しき時は藁を以て防寒の備へをなす然る時は十二月頃発芽し之が開花を見るは六、七年の後にありとす
第三節 神戸市武庫郡に於ける西洋草花
(一)沿革
県下に於て観賞植物中西洋花卉類の栽培は神戸市及び武庫郡を最とし其起源は古からず近時の事に属す即ち明治維新後神戸港の発展と共に外国貿易頻繁となり市街は急激なる膨脹をなし外人の来往居住するもの亦日一日加はりたる為め洋種花卉類の需要頓(ただち)に増加するに至りたれば之が輸入繁殖に努めしも其多くは我国の風土に適せず殊に優等珍奇なるものに於て然りとす
茲に於て温室の必要を感じ之が建設をなすもの続出し競ふて奇品優種の輸入培養を計り現今之が営利的栽培をなすものは錦華園、天清園を初めとし其他枚挙するに遑(いとま)あらざるに至りたり
殊に神戸市を中心として其の東西両地は富豪紳士の別荘地と化し洋種花卉類の流行甚だ盛となり娯楽用温室の建設せらるゝもの雨後の筍の如く緑室を有せざれば紳士の仲間入りをなし得ざるが如き状態となり宏大にして設備の完全せる二楽荘、住友家の温室を筆頭とし以下大小数十を算するに至れり如斯他に其例乏しき迄に県下温室園芸の進歩するに至りたる主因は我神戸市に外人の早くより来往せしに由るものなる事は明かなる事実なり而も今日に於て内地人間に需要歓迎せられ大に其流行を見外人は却て内地在来の花卉類を愛養するの奇観を呈せり
如上の如く花卉園芸の進歩流行は啻(つと)に上流社会に限らるゝものに非ずして一般を通じて愛用せられ殊に近時会場劇場商店等の装飾に迄盛に用ひらるゝに至り花卉類の需要は日に月に増加するの傾向あるは甚だ喜ぶべき現象と言ふべきも「カーネーション」一輪が二弗三弗にて飛ぶが如く売行く紐育市の花市場の盛況に比ぶれば実に霄壌の差ありと言ふべく甚だ幼稚なるを免れぬ今後大に努力を要すると共に将来益々有望なる事業たることを信じて凝はざるなり
(二)品種
品種は多種多様にして観賞植物の全般に亘れるも神戸市の天清園武庫郡の錦華園に於て主として培養せる温室植物及び盆栽樹の種名を列挙すれは左の如し
一、蘭科植物
カトレア、シプリペデューム、デンドロビューム、レリア、オトンドクロッサム(オドントグロッサム)、オンシヂューム、ファレノプシス、セロジ子(セロジネ)、バンダテレス(バンダ・テレス)、スタンポペア、カランセーベスタ、クレソストマイオノスマ
二、観葉植物
アスパラガス、クロトン、シペラス、ドラセナ、フヒガス(フィカス)、ケンチャ、ホニックス(フェニックス)、マランダ0(マランタ)、パンダナス、スマイラックス、ペペロミヤ、イソレピス、ベコニヤレックス、マリウス、プラチセリューム、アラウカリヤ、アカリツフワー、アヂアンタム、子フロレピス、プラチセリューム、パニカム、フヒトニヤ、ストレヂャオーガスタ、モンストラテリシオサ、ミクロペビヤ、ホソス、サンチエリヤ、テフェンバーシヤ、チランドミヤ(チランドシア)、スチロピランサス(ストロビランサス)、アレカルーデセンス、ココオスウエデリアナ、カークリゴレレカバタ、サンスビエラ、シノサス、エビスミア(エピスシア?)
三、花卉類
ベコニヤ、カー子ーション、ダイアンサス、ポインセチヤ、ロベリヤ、ミオソチース、ペチユニヤ、サルビヤ、パンゼー、ミムラス、ニコチヤナ、ストックス、アスター、クレロデンドロン、スウヰートピー、バーベナ、カルセオラリヤ、シ子ラリヤ、ゼラニウム、バイオレット、ランタナ、ナスターチューム、ヘリオトロツプ、マガレツト、プリムラ、 プラムバコ(プルンバーゴ)、ローズ、ランタナ、ストレプトカーバス、アマテンダー(アラマンダ?)、ボーゲンベリヤ、パパヤ、プルメリヤ、ペリオナ、アンチ里ユーム、子ぺンサス、フクシヤ、モスコスマ、セントポリヤ、マ子チヤ、ダチユラ、パシフロラ(トケイソウ?)、ペラゴニューム、メラストマ、ソランドラ
四、球根類
リリー、グラジオラス、アイリス、チユベロース、リウゴンシス、ダリヤ、アキメ子ス、シクラメン、ヒヤシンス、ゲス子リヤ、チウリツプ、ア子モ子、エキシヤ、オキザリス、バビヤナ、ズバラキンス(スパラキシス)、フリジヤ、ダフオヂール(ダッフォディル、ラッパスイセン)、クローカス、カマシヤ、アカバンサス、球根ベコニヤ、スパニツシユ(スパニッシュブルーベル?)、パンフラヂューム(パルボコジューム?)、ツリトヤ(トリトマ?)、モスカリー(ムスカリ)、グロギシニヤ、アマリリス、カンナ、カラデエーム、カラー
五、洋種庭園樹
コルジライン(コリジリネ)、グレビリヤ、ロバスター(グレビレア・ロブスタ?)ユトカリプタス(ユーカリ)、アラウカリヤインプリケーター、パイナスマリチマ、ローラスノビリス、パンパラ、エリスリナインデカ、ライラック
六、盆栽類
松、柘榴、真柏、楓、杉、吐松檜、椵(※もみ)、柜
以上列挙せし各種に亘り培養法を記述すべきなるも多種多様にして甚た煩に亘るを以て之を省略す
(三)販路及販売法
販路は主として阪神地方にして販売法は鉢植の儘なるあり或は切花、盛花、花環、花束として顧客の求めに応じ又鉢貸しと称し短期間宛鉢植の儘賃貸するもあり
其他種苗の如き海外に輸出するもの亦少なきにあらざるなり
第四節 武庫郡大社村の草花 ※西宮市、廣田神社の周辺
(一)沿革
大庄村(※おおしょうむら、〈尼崎市〉と書いてあるが、大社村〈西宮市〉の誤りだと思われる)に於て花卉栽培の盛に行はるゝは廣田村にして何れも生花用仏花用に供せらるゝ種類は在来種を主とす今之が栽培の歴史を調ふるに漠として起源明かならざるも既に三百年以前より栽培せられたるものゝ如し而して花卉培養の動起は最初山野に自生せるものを切り取り之を西宮町及び
尼ヶ崎町辺に鬻ぎつゝありしが比較的高価に売買せらるゝを以て自家に於て栽培するも相当の収益あるを認め茲に栽培するに至りたるものなりと言へり
明治維新後に於て漸次盛況に向ひ産額亦大に加はり廣田村の門戸は花園を以て飾られ四時百花爛漫として咲き乱れ千客を迎ふるに笑を以てし甚だ美観を呈せり
(二)地勢
西宮町を去る北十四、五丁の処に位し西北に丘陵を負ひ前方開濶而も平坦にして水田に富み県道貫通し交通甚だ便利なり
気候温暖にして冬期降雪を見る事稀にして夏期は温度高く時々雨を齎(もた)らし適順なり
土質は砂質壌土にして表層深く畑地は肥沃なりと云ひ難きも理学的性質可良にして良い穀菜の生育に適す
(三)品種
主として栽培せるものゝ品種名を左に列記す
金盞花 黄色、濃黄色、重弁、単弁
撫子 赤色、白色、桃色、絞り
石竹 牡丹色、白色、緋色、絣色
日々草 牡丹色、白色
百日草 赤色、白色、牡丹色、一重、八重
千日草 牡丹色、白色
鶏頭 長生種、矮生種(何れも赤色)
夏菊 八十八夜種、赤色、黄色早生、黄色晩生、白色大輪咲、白色小輪咲、紫、中輪咲
桔梗 紫色、白色、重弁、単弁
百合 鉄砲百合
金雀草 黄色
グラジオラス 白色、赤色、桃色
緋扇 矮生黄色、中生黄色、鶴赤色(丈高きもの)
セン 赤色、茶褐色
天竺牡丹 八重、一重、各色
翠菊(※アスター) 花色多様
寒菊 黄色
花菖蒲 各色
燕子花 各色
梅鉢草 各色
イチハツ 白色、紫色
弁慶草 白色
正木(※マサキ) 観葉植物生花に適す
シャボン草 各色
萬寿菊(※マリゴールド) 黄色
松葉菊 桃色
ハルシャ菊 黄色
鳳仙花 桃色
矢車草 各色
(四)栽培法
花卉類栽培法は種類の異なる毎に之が肥培管理の法を多少異にせざる可らず即ち水温を好むあり乾燥を好むあり高温を要するもの中温に適するもの実生によるもの株分根分挿木等によらざる可らざるもの等似て非なる点多々あるべけれは之を一括して説述するを得ざる性質のものたり殊に栽培法として著しく進歩し特に異なりたる点を見出さるゝを以て茲に詳述するの煩を避く
(五)販路及販売法
販路は近郷近在都鄙の別なく甚だ広しと雖も遠隔の地に移送するが如き事なし販売法は栽培自身に於て行商するものにして古来より廣田村花屋と称すれぱ三尺の童子も良く之を知れる位にして最も其名高し之等花屋と称するものは自家に於て栽培せしものを行商するのみならず他の栽培者より購入する場合あるは勿論他国より移入し之を廣田村の花として販売するもの少なからずと言ふ
種苗
第一節 川辺郡に於ける種苗
県下川辺郡及び埼玉県安行の両地は本邦に於ける農用種苗の二大供給地として古より今に至る迄独り其声名を縦にせるは夙(つと)に世人の熟知する処なり抑(そ)も同郡種苗養成の事たる遠く数百年以前に属し其起因を審(つまびらか)にすること能はざれども古老の伝唱する所によれば豊太閤時代に接木太夫の称を賜りたる程の名手を出したりと云ふ爾来数百年の間は斯業の発達尚極めて遅々たりしが徳川氏末葉の頃より各種の庭園用樹木観賞植物山林用種苗桑等の需用次第に多きを加へ又明治維新前より紀泉地方が盛に柑橘苗を需要するに至りしかば茲に漸く果樹種苗培養の気運に向ひ爾後岡山、山口、広島、四国を初めとし関西各地競ふて果樹栽培業の勃興を見るに当り此等栽培地の殆んど全部が悉く此地に種苗の供給を仰ぐの盛況を来し近年各県に苗木養成業者の続出を見るに至れりと雖尚本郡の種苗は年々其需要増加し且山林用種苗。桑、庭園用樹木観賞植物等亦逐年多産するの現況となれり
郡中種苗産地の主なるものは稲野村の内東野村を初めとし長尾村の内丸橋、野里、大野、口谷及び川西村伊丹町等にして大小営業者並に副業的に培養せるものを合すれば全郡苗木業者合計四百九十八戸の多きに達す
而して是れ等各地の土質は概ね花崗岩分解の粘土地にして一般に有機質に乏しきを以て苗の伸長少なしと雖其質強剛短太にして根部の発達非常に良く移植後植傷みの少なきは以て此地種苗の愛用せらるゝ所以なり
由来同郡の苗木業は数十年以来極めて長足の進歩を為し殊に十五六年乃至二十年前より殆んど急激の需要に忙殺せらるゝの状態を来せしかば自然細心の注意を払ふ能はざる場合を生じ又一方に於ては果樹栽培業の進歩に伴ひ品種の選択苗木発育の良否病虫の駆除等頗る細密の注意を要すべき時代の到来せるを以て苗木養成者茲に見る所あり或は数箇所に同業組合を組織し或は新種の試作園を設け或は青酸瓦斯燻蒸室を設けて病当の種卵を根絶せしむる等斯界の為め所設着々時運に先ち本邦種苗供給の本場として一層其声名を輝かさんことを勉めつゝあり之れが販路の如きも維新前に在りては僅かに近畿紀泉地方に限られたりしが続て中国四国九州関東陸羽の各地は勿論近時満鮮台湾地方の需要莫大なるものあり其他米国テキサス地方へ柑橘苗の輸出せらるゝもの年々激増し観賞植物の輸出亦少なからず
今明治四十二年七月より四十三年六月に至る一箇年間に於ける果樹及び桑苗の販売数量並に価額を表示せば次の如し(県統計書に拠る)
種類、数量、価格(※いずれも、この順番で表示)
桃苗 二、七六八、二五〇本 一七、三一〇円
梨苗 五二四、五○○ 一五、九五七
苹果苗 三五八、九〇〇 七、五二六
枇杷苗 一七、三ニ○ 七四二
柿苗 一一一、〇〇〇 四、一一五
柑橘苗 七五七、○七〇 二四、三七二
葡萄苗 七五、七〇〇 一、四七四
其他果樹苗 一八四、八〇〇 五、九六一
桑苗(実生) 一、六八八、○○○ 一、四六〇
同(接木苗) 八六一、○○○ 一、七三三
計 六、三四六、五四〇 八〇、九七一
第二節 津名郡に於ける種苗 ※津名郡は淡路島北部(現在の淡路市と洲本市の一部)
同郡に於ける種苗の創始時代は之れを詳にすること能はずと雖も鹽田村高谷直蔵物部村池田定吉等摂津川邊郡より苗木を購入し或は自己が少許の養成を為し縁日等に行商するに過ぎざりしを以て他国へ販売すること殆んど絶無なりしも育波村の日本果物会を始めとし近年各村に種苗の養成並に販売を業とする者現はれ県の内外を問はず販売するに至り行商人も亦著しく増加し甚だしきは一村内に於て四五十人の多きに達せるものあり販売数量及金額は精細に知ること能はざれども少くとも壹萬円以上に達するものゝ如し尚本郡に於ける種苗の主なるものは果樹桑樹山林用松杉等にして観賞植物盆栽造庭用等の種苗を営業するものなし
第三節 蔬菜種苗
県下に於て蔬菜苗促成業の盛なる地方は神戸市及武庫、飾磨、明石の三郡にして各地共多少育苗法を異にす即ち神戸市飾磨郡にありては木框、油紙障子を使用し醸熱物を用ひず武庫郡に於ては木框の代用として藁束を用ひ明石郡は之等総ての器具を設くる事なく唯床面全体に拳大の石礫を並列して之に陽熱を吸牧せしめて床温を高むるの方法を採り促成苗を作る等何れも自然の温度のみに拠る種子は揖保郡に於て胡蘿蔔(※ニンジン)の採種を行ふ外著しきものなし今販売の目的を以て最も盛に栽培せる武庫飾磨両郡に於ける育苗法及び胡蘿蔔探種法に就て記述せん(以下略)