日本のフラワーデコレーターの先駆者、恩地剛の2枚の肖像写真
右が恩地剛。 左は東京府立高等家政女学校校長と記されている。清水福市か? 清水福市は、昭和10年代に本校校長を長く務め、昭和18年、大妻学院に招聘された。戦後の昭和24年(1949年)、大妻女子大学が新制大学へと移行・発足した際、同大学の初代図書館長に就任し、昭和45年(1970年)までの長期にわたり大学図書館の基盤を築いた。 『実際園芸』第11巻4号 昭和6年(1931年9月号) 東京府立中野家政女学校(※のちに東京府立の高等家政女学校から東京都立中野高等家政女学校、戦後、現在の都立鷺宮高等学校)で、生徒が作成したテーブルデコレーション。アレンジメントと「敷花」が組み合わされている。細い花弁のカクタス咲きダリアなどがふんだんに使われているように見える 『実際園芸』 年号記録喪失 先程の記事より後だと思われる 上の記事と同じく、恩地剛が講師をつとめる 東京府立中野家政女学校で 生徒が作成したテーブルデコレーションを囲んで 女生徒が席についているようす 富士山をかたどった造形が中心にすえてられており、 一種の「盆景」スタイルのアレンジメントだと思われる。 キャプション 女学校で行った美しい食卓装飾 ここに掲げた二葉の写真は、やはり恩地氏によって指導されている東京高等家政女学校の生徒によって作られたテーブルデコレーションで、写真の上の向かって→が恩地先生、下はデコレーションを示す。万年スギ(※ヒカゲノカズラ)、小菊、コスモス、秋のキリン草、ダリア、アスパラガス、葡萄等が使用されている。恩地先生は園芸装飾には造詣の深い方である。