宮川紫外(本名は孫二郎)の肖像 『盛花と贈花』出版の翌年,1909(明治42)年頃

 


『明治新政譚』(1891)の編纂、また『草苺之栽培』(1906)や『盛花と贈花』(1908)を書いた、園芸家、宮川紫外(本名: 孫二郎)の肖像が見つかった。

博文館の子どもむけ雑誌『少年世界』の1909(明治42)年11月号に、本誌の主要な執筆者の一人として掲載されている。

ほかには植物学の松村任三博士や日本画家、デザイナーの杉浦非水らの顔が見える。



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