明治40年、きみたちに、イチゴの食べ方を教えやう  『少年世界』明治40(1907)年6月号 第13巻7号 博文館






 

草苺(くさいちご)と其の食べ方  宮川紫外


  此都頃下(※正しくは此頃都下=このごろとか)の果物店(くだものみせ)には大概、箱詰にて陳列してある、草苺ストロベリー! 彼(あ)の美しい紅色、その快き香味、私一個の好尚よりせば、果物中これほど上品で、味美(おいし)いものは他にあるまいと思ふ


  この美しい甘味(うま)さうなる果物も、少年諸君は僅かに或る点よりのみ之を解し、然も之を無意識に付するものが多い、されば、其の形態等に至っては、実に言ふまでもなきものであるが併し将来は遠からず学校園の設備と同時に、該草(がいそう)の如きは第一に裏付けらるゝ至適のものなれば、百聞一見に若かざるの日、亦た遠きにあらざるを以って茲には其概略を述べ、且つ学校園範囲以外の食べ方のことを、序(ついで)に話して置かう。


 此草苺ストロベイーは学名をフラガリア、シロエンシス(Fragaria chiloensis) と云ふのであるが、今 此の果実をば植物学上より見ますると私共が此(この)果実と思って居るものは、真の果実ではないのであって、真の果実と云ふべきものは、此(かじつ)果実と思って居る処の果面に付着せる無数の微小なる種子(たね)そのものである。此の果実の如くなって居るのは、花托(かたく)が変形したもので即ち、肉質の花托が果実形をなして、美しい紅色、快き香味がある処の私共の嗜好する上品なものとなったのである。是は果物中に例の無いことではない、無花果樹(いちじく)の如きも、同じ変化を為して居るのである、一般の果実に比する時は、実に奇異の一である。

 多くの果実即ち桃でも梨でも柿でも、一股に其の花の中央にある子房、即ち其の開花後。花粉の交接を終わり、花弁が脱落すると雄ずいの基部にある子房が、膀張して果実と成り居るので、誰が見ても容易に分かるが、此の草苺でも無花果実(いちじく)でも、子房が果実にならずして、花托が果実形をなして、花託が果実形をなして居るので一般の果実大(おおい)に異なって居る此の点は能く記憶して置いて貰いたい。

  此の甘い奇なる果実は、如何な草に結るかと云ふに、即ち図に示すがごとく、茎は短縮して無茎状をなし、而(そ)して葉柄の長い、葉縁に鋸歯がる、羽状脈の倒卵形なる三個の小葉(こば)に分裂したる葉を生じ、花は離弁であって、五個乃至七個の花弁を着け、雄ずいは二十個乃至三十個あって、雌ずいは無数である。果実は聚合痩果(しゅうごうそうか)で、果面にある小粒の種子、即ち痩果が、肉質状に肥厚した花托の上に聚合して、一果形を為して居るのである。故に前に述べしが如く、肉質状に肥厚せる花托を指して、苺の実だと云ふて居るのです。

 此草苺を家園(かえん)にて栽培する時は、全家の歓びは申すまでもないが、それは多少の作り方も承知せねばならぬことゆえ、暫く省いて、茲には家庭の楽しみとして、此の甘味多量なる食用の種々(いろいろ)になる、其の食べ方を話さう。

 生食(せいしょく)は諸君の知れるが如く、果実を清め其のまま食するのであるが、之を一層甘く食べやうとするには、其の清めたる果実を皿に盛り、是れに白砂糖をかけ、攪き混ぜて実を砕き、而して食べる時は実に美味しいが、若しハイカラ的に食べやうと思ふなら、クリームと白砂糖(ザラメ)とをかけて食べるか、又た卵の白身とザラメを和(か)してかけるか、是は何れもなかなか甘(うま)い。

又たジャムに製して食べるも宜しいが、ジャムにして能く貯蔵して置くと、盛夏の候、炎威甚だしく氷水でも要する場合には、生菓(せいか)があれば、氷(みず)に和して一層甘(うま)いけれども、七月頃になると生果はない、好し園芸家の丹精で生果が出来ても、少し堅くて氷水には適さないから、此のジャムを和すると実に一層の風味を得る、ジャムの製し方は容易であって、苺の実と、白砂糖と当分位の割合にて、最初より瀬戸引き鍋(此の節の鍋は大概瀬戸引きである)に入れ、余り強くなき火で、半時間ばかりも攪き回して煮詰め而して之を急に冷却し置くのである、之を冷却さするには団扇にて煽ぐか、鍋を水に入れるか、何れの方法でも宜い、而して出来たものは器物に入れて密封して置くのである、当分の間は腐敗するやうのことはない、炎暑の候に使用する位までの間は容易に貯蔵し得らるゝのである。

又た西洋にて専ら行われる居るのは、羊羹である、是は極く簡易にする時は、ジャムに羹天の煮溶きたるものを入れ能く攪き混ぜ、冷却して堅めたるもの即ち羊羹であるが、今之を一層完全に近き仕方を申さば、左の標準に依り、量の多少に従ひて加減すれば宜しい。

一 生果三百五十匁  一 白砂糖二百五十匁

一 羹天十二匁      一 水二合五勺

右製法の順序は、羹天十二匁を水二合五勺にて、水から煮て溶解せしめ、之を毛篩(けぶるい)又は布にて漉し、其の中へ白砂糖二百五十匁を入れて能く攪拌し、再び之を煮る時は、泡が浮上がるから、之を掬い取り、其の中へ能く洗ひたる苺の実の潰し砕きたるものを投入し、余り強からざる火にして能く煮詰め、之を塗箱又は小茶碗に移して冷却せしむるのである。

※毛篩は現在の「裏ごし器」や「細目のストレーナー」のこと。種子や細かい細毛やカスを取り除く

又た能く洗いたる苺の実の、勿論萼を取除きたるものを、能く潰し砕き、之を毛篩又は布にて濾し、種子や繊維などの糟(かす)を去りたるものを入るゝ時は、一層品質の宜しきを得らるゝのである。

而して羊羹は其の儘食べるのも宜しいが、生果の盛りは六月頃であるから、日によると随分暑気強い時もあるから、水に浸し又は氷にて冷やし食するときは、一層の快味を覚ゆるのであります、其の他種々の食べ方あれど、先づ此の位にして措きませう。

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