花環、スプレー、クリスマスリースのつくり方 昭和5年 みどりやフローリスト吉田鐵次郎

『実際園芸』第8巻2号 昭和5(1930〉年2月号

参考:昭和4年
参考:昭和13年

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花卉装飾講座


花環の話 (2)

みどりやフロリスト吉田鐵次郎


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前月号で大体、花環とはどんなものか、そして如何なる材料を用いて製作されるものであるかという事についてお話ししたが、個々の材料の種類も、また使用される場合場合によって相当異って来るのでありますので、抽象的にしかお話出来なかったような嫌(きらい)があります。以下それぞれの花環の種類に就いて、個々の材料に就いても出来るだけ詳細に申し上げて見たいと思います。


リースの作り方


リースと申しますものは、日本で花環という字の与えられているもののすべて、特殊なものとしてはスタンディングリースといって、土台になる脚の部分までも花で飾る種類のものでありますが、これは作り方も相当違うので、後で別に述べる事に致します。

で一般にリースが用いられるのは、クリスマスリースを除いては、主に葬式、追悼式等の場合でありますから、これを製作するに当っては、それらの意味がはっきり現れるように心掛くべきであって、出来得れば故人の性格までも知って製作するように致したいと思います。

まず花環の骨格になるフレームですが、これの大きさは種々(いろいろ)で、二尺、三尺、四尺といったようで、大きくなればなる程太い針金で作ったものでなくてはなりません。そしてフレームに水苔を填(つ)めましたら、これを青葉で包みます。この時は主として絲(いと)が用いられますが、相当固くしっかりと締めつける程度にして置かぬと後で花環全体がグタグタしたものに出来上って仕舞います。だいたいこのようにして、土台が出来上りましたら、いよいよ花を挿し始めるのでありますが、まず最初に考えなければならぬことは、何を主にするかということで、普通大抵の花環は中心(※メインになる部分)を持つものであります。次いでその中心に対してどんな花を配するかということで、これは三乃至五種位に止(とど)むべきで、種類が多ければ多い程、努力に多くを要するばかりではなく、その効果も散漫して決して面白い結果を得られるものではありません。

この時に既に花環のだいたいの調子や、色彩が決るわけであります。

中心になる花はどこに挿されても差支えありませんが、最も肝要なことはその花に相当の牽引力を備へておるということであります。普通これには菊、ダリア、カーネーション等が用いられます。

フレームに花を挿す揚合には花の一本一本に針金を巻きつけて、その先を一寸乃至二寸余分に残して切り、これのみで環に挿し込むように致します(※通常は竹串などを使わない)。遠地へ送るとか、或いは期日までに日があって、永持ちさせる必要がある場合等にはツースピース(※ツースピック tooth pick か:爪楊枝、竹串のような器具か)を使って、花を短かく挿すことも行われますが、これは花環をシッカリと作る事は出来ても、花が本当に浮き出して見えるような立派なものにはなりません。

一般にアスパラガスやアジアンタム等の葉物の類は、下地を消して花を浮き出させる点で非常に効果のあるもので、殊に洋蘭とかバラ等のような高価なものの近くには、殊更アジアンタムを多く使用するようにしなければなりません。

そして花や葉が全部挿し終ったならば最後にリボンを配すのでありますが、場所は丁度結び目が中心の花の近くになるようにします。その色彩は只今の日本では白か、黒に決まっておるようですが、これも花の色調を考えて、最も環全体を生かすような色を選択する事が本当だと思います。色調といっても、主として不幸な揚合に用いられるものであるから、明るくても、華美ではなく、少し難しくいえば、むしろ荘厳味といったような感じを現わすよう心掛けます。

以上で花環が出来上がる訳でありますが、これを棺の側(わき)に直に置く場合は不必要でありますが、日本でのようにこれを台に掛ける揚合は、この台の木にも、軽くアスパラガスを絡ませるようにすれば無骨な木材を露わさして折角生々としている花を殺すような事をせずに済むものであります。

一般に葬儀用のものと追悼式に用いられるものとは調子の上に多少の相異があって、後の揚合のものは、幾分華やかに作られるのが普通であります。



クリスマスのリース


またクリスマスの贈答に用いられる特種な花環があります。一つはイングリッシュハーレーリース(※イングリッシュホーリーリース)といって、彼地でハーレー(※ホーリー:西洋ヒイラギ)と称している、葉が日本のヒイラギに似た、赤い実のなる小枝だけで作るものがあります。この花環が一般の花環と異るところはそのフレームが一本の針金だけ(十二番)で作られると云ふ點で、これに直に針金でハーレーの葉を巻き付けるのであります。そしてリボンはこれには主に赤いものが用いられます。この花環は真青な葉と真赤な実だけ作り上げるものですから、クリスマスの装飾としては非常に面白いもので、日本でもヒイラギの葉と、千両の実を用いたらこれに似たものが出来ることと思います。クリスマスリースの、もう一つの種類は、米国でレッドウッドと称する我国の杉に似た葉だけを用いて前者と同様、赤いリボンを掛けますが、これまた非常に美しいものであります。日本でも将来クリスマスの装飾がますます盛んになってくれば何かこれに似たものも出来るようになる事と思います。

以上がだいたい生葉生花(せいようせいか)を使用して作られる普通のリースで、此の他にまだ、花の少い時、或は永持ちさせねばならぬ場合に用いられるものとして、乾燥花を使用して作るものもありますが、これはまだ内地では殆ど一般には作られておりません。


スタンディングリースの作り方


このスタンディングリースといいますものは前のリースに脚を付けたようなものであります。その構造は、内部の骨格は先月号の本誌の写真を御覧下さい。そしてこのものは環の部分と台の部分をともに花で飾るのでありますから、それを作る時にはリースの時とは別な態度が必要であって、環と台が離れ離れにならないよう心掛け、また、環に重みが掛って、形が崩れたり、または形が変わらないまでも、一方に重心が傾いているために、見る人に不安を感じさせる事などのないようにしなければなりません。此のスタンディングリースの環の部分は、前の水苔の詰め方、青葉の巻き方等は前のリースの場合と同様でありますが、花を挿す時は幾分前の場合よりも短かく挿します。これは長く挿す場合には不安な感じを与える事が多いためであります。また下の台の部分は、なるべくスタンディングリース全体を落付かせて、然も上との調和を保つよう心掛けて、長い玉しだや、其他の枝物を挿したならば、其の間に、菊、百合、茎の長いバラ等を視(のぞ)かせるのでありますが、花の量は少くな目にして、葉物を主にした方が面白い効果の得られるようであります。

そして環の部分と下の台とを続かせている中間の針金の柱は、軽くアスパラガスを巻き付けたりして、環と台との連続が絶たれることのないように致します。

スタンディングリースは、前述のリースに比べますと、材料の選択が限定されており、かつまた製作するにも、多くの手数を要するものでありますから、普通のリースで直径三尺のものが仮に三十円するとしたら、これは二尺のものが三十円以上致します。

用途はリースと同様でありますが、これを贈る場合に、日本では名札を、台の一部に配すように致しますが、名札が良く見えて然も全体の調和が破られることのないようにすべきで此の点は苦心させられるものであります。


スプレーとは何か


スプレー、これはやはり葬儀の折、棺側(わき)に立てかけたり、或は平らに置くか、また時には後で述べますところのカスケットカバーの代用として棺の上に置かれたり致します。

然し日本では、これを台に掛けるのも良いと思います。大体は写真に示します如く、花を平らに並べて、丁度平らな花束と云ったような形のものであります。

これを製作するには、まず二三寸の板切れに力マボコ形に青物で水苔を巻き其の上を普通アスパラガスを一面に挿し其の間に適当に花を挿して先の尖った根元の広がったものを作るのであります。そしてリボンを其の元の方で結んで、両端は下に向けて垂れ下がるように致します。これらは普通のスプレーの作り方であるが、若し特別に棺の上ヘキャスケットカバーの代用として用いられる揚合には、棺の長さを知ってそれより少し短かく、例えば棺が六尺のものならば五尺位に作るのであります。そしてそれの台の両側や前後には、玉羊歯やアスパラガスのようなものが垂れ下って棺の全部を蔽うように致します。この時には予め土台になる枠をこのように作っておくのでありまして、花を土台に挿す方法は普通のスプレーの場合と変りはありません。唯このキャスケットカバーに代用さする場合には、リボンを結ぶ根元の附近は特別に花を取扱うのであって、これは後にキャスケットカバーの場合も同様であります。これは彼地では棺の一部を開いて、死者の顔が見える様にして知人の告別式が行はれるものだからであります。

米国ではこれらのスプレーは非常に広く用いられておりまして。簡単なものは土台などは用いずに、枝物を土台にして、直に玉羊歯、アスパラガス等を、絲で巻きつけて、簡単な形のものも作られております。

日本では然し唯今のところ、スプレー等が使用されるという事は殆どないといってよい位でありまして、私は彼地から帰ってから今まで二度の注文を受けたばかりでありますが、皆好評を受けました。


ブロークンホヰール


ブロークンホヰールとは写真に示しました通り、これは破れた車を現しております。これは今まで完全であった車の一部が破れて、その車全体が立ち行かなくなったように、家族の一人が欠けて、其の家族が悲しみに落入ることを意味したものなのであります。

このものは前のスタンディングリースのように環(この場合は破れた車)と台とで出来上るものであります。そしてこの破れ目は輪の真下や真上の部分に作ることは面白くなく、斜め右か或は左、然も中央よりも上にするのが普通であります。

車の中心は小花の二三種の色の異ったものを用いて、はっきりと現すように致しますが、これに用いる小花は皆短いものばかりでありますから、これを挿すにはツースピック及グリニングピン(tooth pick 爪楊枝or竹串とgreening pin U字ピン)を用いるのであります。

また車の中心から放射状に出ている一本一本の棒にも中心に用いたと同じような小花を密に挿すのでありますが、ここには必ず一色のものを用います。

そして輪郭になる部分は普通の花環を作る時と同様な方法で、中心部との調和がとれるよう色彩と花の種類及長さに注意しながら挿すのであります。また破れ目のところは、破れ目らしく形を作るのでありますが、普通此の部分に用いる花は環の他の部分とは色を異にして破れ目をはっきり現す様にしております。このブロークンホヰールは一般に不幸があった揚合にも贈られますが、殊に自動車、汽車等の乗物で不慮の災難があった折等に用いれば一層そこに意義がある事でありましょう。


花環作製上の態度


花環類を作り始めの時分に、一番よく失敗する事は、余りに多種類の花を用いることでありまして、花の種類が多くなれば多くなる程色彩の関係、量の関係等が複雑になるのを免れません。また製作者の立場からいえば多種類の花を使用するという事は経済的にも甚だしく不利であります。それ故製作者が常に頭を悩ましておることは如何程少い花を用いて良い効果を作り出すかという点にあるものといえるのであります。

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