昭和13年 みどりやフローリスト、吉田鐵次郎氏による、かなり大きな「花環のつくりかた」

 『実際園芸』第24巻2号 1938(昭和13)年2月号

参考:昭和5年

https://ainomono.blogspot.com/2022/12/5_84.html


ライヤーとは「竪琴」のこと(「七弦竪琴」)lyre / Leier
型には他にも馬蹄型や聖書を開いた形などがある。

今回、制作した花環は、生花で制作するものとしては
かなり大きなサイズのものだと思われる。
アメリカではかなり早い時期から鉄製のフレームが利用されていた。
これも、輸入資材であったか、あるいは日本でも国産のフレームがあったのかは不明。


新宿2丁目、みどりやフローリストの
店舗ファサードがどんな感じだったのかわかる写真
花環は、上の方に花をたくさん入れて密度をつくり、
輪の下の方の5分の1くらい(花材が逆さまになる部分)は
透かし気味に少なく挿し、花材の使用にメリハリをつけている。

そうめんと呼ばれた細いリボンをたくさん垂らすシャワースタイルはすでに過去のものになったか。長く太いリボンと細いリボンが巧みに組み合わされて美しいブーケ


このブログの人気の投稿

東京は花の都! 周辺十里はすべて花の産地です  大正2年の東京の花事情 『新公論』に掲載の記事

泉鏡花の忘れ得ぬ花体験 枯れても惜しくて2階から散華した

明治34(1901)年、ロンドンでツムラトウイチ(山中商会)という人物により日本の盆栽を詳しく紹介する講演が行われていた。