ジョン・L・クリーチ 「日本――まるで一つの国立公園」


ジョン・L・クリーチ

「日本――まるで一つの国立公園」


Japan—Like a National Park

『Yearbook of Agriculture 1963』pp.525–528




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多くの旅行者が、日本の農村の美しさを目にしてきた。整然とした田畑、常緑樹に縁取られた村々、森林に覆われた山々、そしてすぐ近くに点在する無数の島々。日本人は、こうした国の宝を大切にしている。彼らは世界でも最も自然を大切にする人々の一つである。毎年あまりにも多くの人々がこの島国を旅するので、日本列島全体が、雄大な富士山を中心とする一つの国立公園であるかのようだ。

日本人は、長く波乱に富んだ歴史を通じて途切れることなく、天然資源を守り、改良してきた。そして今日、伝統的な生活様式を見失うことなく、現代社会への急激な関与に対処する能力を示している。また急速な産業化への移行のただなかにありながら、自国の資源を保全し、国の社会的性格を維持するうえで、驚くべき自制心を示している。

わずかな土地に多くの人々が集中していることは、日本の際立った特徴である。

約9,300万人の人々が、14万8千平方マイルの、山地に覆われた島々に暮らしている。その面積はおよそカリフォルニア州ほどである。その大部分は、1,500年以上にわたる先人たちの手によって形づくられてきた。

国土全体の6分の1にも満たない土地しか耕作されていないにもかかわらず、日本人の40パーセント以上が農業に従事している。現在も昔と同じように、段々畑、灌漑、水の保全、泥炭地の干拓、その他さまざまな独自の耕作方法を注意深く用いている。その細部への徹底した配慮は、アメリカの基準からすれば経済的に成り立たないほど、多くの労働力を必要とする。

こうしたやり方は世代から世代へと受け継がれ、高い農作物収量をもたらしてきた。たとえば、単位面積当たりの米の収量は、世界でも最高水準にある。

日本を旅行したことのある人なら誰でも、農業に注がれる並外れたエネルギーと時間を知っており、日本人がなぜ農業に成功する国民となったのか理解できるだろう――

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――そしてまた、日本がこれと同じ能力によって、造船、ラジオ、光学機器、その他さまざまな消費財などの産業において、世界の先進国となった理由も理解できる。

しかし、さらに注目すべきなのは、日本人が同じようなエネルギーと関心を、自国の自然や景勝地を楽しむことにも注いでいるという事実である。

政府や産業界の指導者、小さな商店の主人、教師――誰もが地方へ出かける。桜や野生のツツジを眺める人もいれば、山に登り、温泉を楽しむ人もいる。

こうした行楽の大部分は、企業や社会団体によるグループ活動として、あるいは教師に引率された子どもたちによって行われ、移動にはバスや列車が利用される。十分な自家用車があったとしても、日本の公園を訪れる人々の数を道路が受け入れることは到底できないだろう。

ほかにも楽しみはたくさんある。季節に応じて、村々では数多くの花の展示会や植物展が開かれる。たとえば秋の菊花展は見逃すことができない。展示の多くは鉄道の駅のホームに設けられ、最も多くの人々が見られるようになっている。

学童にもまた、自然を楽しみ、国の有名な景観を見る機会があらゆる場面で与えられている。私は日本のほとんどすべての山岳地域を訪れたが、教師に引率された学童たちが丘を登り、自然の驚異を探究している姿に、いつも出会った。

家庭や農家の周辺でも、芝生を設けるには狭すぎる場所に、男女が石灯籠や小さな池を配したミニチュアの庭をつくり、鉢植えを丹念に仕立て、切り花として使うために花を植え、配置している。

日本の国土のうち、耕作可能なのはせいぜい19パーセントであり、国土の大部分は山地である。森林は国土の66パーセントを占める。年間を通じて降水量が多いため、森林は豊かであり、世界の同程度の地域のなかでも、おそらく最も多様な木本植物に恵まれている。

山から流れ下る急流で短い河川もまた、重要な天然資源である。

森林と河川というこの二つの資源は、日本の発展において、経済的な観点からだけでなく、国の農村的な性格を維持するうえでも重要な役割を果たしてきた。

稲作には灌漑用水が不可欠である。そして農家が所有する小さな土地の一区画一区画が灌漑を必要とするため、地域社会が灌漑用水路、ダム、トンネル、その他の設備を計画し、豊富な水の恩恵が公平に行き渡るようにしている。

日本人は森林と河川の美的価値を非常に重視している。国土の11パーセントが公園および制限林となっており、そこでは通常、樹木の伐採が禁止され、野生生物が保護され、訪問者の利用が奨励されている。

日本には19の国立公園と20の国定公園があり、それらはアメリカやカナダよりも、むしろヨーロッパに近い考え方によって設置されている。つまり、公有地だけでなく私有地も国立公園の区域に指定できるのである。

この制度によって、日本人が何世紀にもわたって大切にしてきた景勝地を保護することができる。

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公園内では厳格なゾーニング制度が実施されている。一部の区域は科学的研究のため、自然状態のまま保存されている。その他の区域には宿泊施設、駐車施設、一般利用のための庭園などが整備されている。

一年間に9,000万人もの人々が公園を楽しむ。これはほぼ日本の全人口に匹敵する数字である。

このように自然への関心が強い大きな理由の一つは、近代日本が農村を起源としていることにある。

人口の40パーセント以上が農家で暮らし、日本が今なお村の国であるため、大都市の非常に活気ある生活へ入っていった人々の多くも、農村的な背景を記憶している。

したがって、自然の美しい場所が侵食されることに対する彼らの態度は、自分たちを取り巻く自然環境に対する、深く身についた敬意によって形づくられている。

トーマス・C・スミスは著書 The Agrarian Origins of Modern Japan の中で、村落生活の伝統こそ、工業化にもかかわらず日本の社会的性格が持続してきた要因の一つであると指摘している。

多くの国では、工業化によって農村の村落共同体が崩壊し、人口が分散し、深い階級分化が生じることによって連帯が弱められた。

しかし、こうした変化は日本人の生活には同じようには入り込まなかった。今日でも日本の村は、基本的に小規模農家からなる共同体であり、祖先たちと同じように、小規模な耕作と販売の問題に直面している。

アメリカの農村地域に近代的な郊外開発が到来したことは、日本の村落が受け継いできたものとは異なる。しかし、そこにもいくらか共通した社会的性格があるように思われる――似たような生活環境にある多くの人々、階級差の縮小、そして農村景観の恩恵を平等に享受できる機会である。

もし私たちが、新しくつくられる郊外コミュニティを取り巻く自然地域を保護し、拡大していくならば、である。

新しいコミュニティの計画者が自然公園や池を設け、街路や住宅地区を美しくする計画を立てるなら、それらの維持、利用、発展への関心は、市民の間に自然に生まれてくるだろう。

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村は日本社会の基本的な制度であるから、村落構造のいくつかの側面に興味を持たれることだろう。

園芸家として私は、地域全体という規模で計画された樹木や低木の利用を紹介することが、とりわけ適切だと考える。日本人のなかには、これを**「屋敷林(residential forest)」**と呼ぶ人もいる。

東京から北あるいは西へ向かって関東平野を旅すると、耕地の中に小さな樹林の集まりが点在しているのを見る。この地域は武蔵野と呼ばれ、約360年前に集約農業のために開発され、多数の農家と村落が配置された。

関東平野は冬の乾燥期に強風が吹き、土ぼこりが舞い上がるのが特徴である。この風による侵食を抑えることも目的として、小さな森林がつくられた。

農家が孤立して建っている場所では、いわゆる屋敷林は、密に植えられた針葉樹、常緑広葉樹の生垣、そして竹林から構成され、日本の農家に典型的な、調和のとれた構成をつくり出している。

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場合によっては、村落はより厳密に計画され、農家の住居も集団として配置された。

東京からそれほど遠くない久留米町の村は、およそ350年前にこのような形で開発された。それぞれの農家には当初、森林4.94エーカーと耕地7.41エーカーが割り当てられた。

久留米町の農家は主要道路に沿って約1マイルにわたり一列に並んでいる。それぞれの家は、同じような樹種からなる帯状の樹林に囲まれており、全体として一つの大きな森林のように見える。

主要な樹木は、防風帯となるよう配置されている。それだけでなく、この小さな森林は鳥の生息場所となり、水を保全する装置となり、選択的に伐採される薪や材木の供給源ともなっている。

さらに気候を調節する役割も果たしており、屋敷林の内部の気温は夏には低く、冬には暖かい。

この森林に見られる樹種は日本では普通の樹木だが、アメリカでは偶然にも、造園用として有用なものが多い。

針葉樹にはスギ(Cryptomeria japonica)とサワラ(Chamaecyparis pisifera)があり、広葉樹にはケヤキ(Zelkova serrata)、キンモクセイ〔原文 sweet olive, Osmanthus fragrans〕、ヤブニッケイ〔原文 Japanese cinnamon, Cinnamomum japonicum〕、サザンカ(Camellia sasanqua)、モチノキの一種(Ilex integra)、ゲッケイジュ(Laurus nobilis)、ガマズミの一種(Viburnum odoratissimum)、イヌシデ(Carpinus)、常緑性のカシ(Quercus acuta)などがある。ケヤキとイヌシデを除けば、すべて常緑樹である。

これらの選び抜かれた植物は、その中心に農家が置かれた心地よい環境をつくり出している。そのほかにも、小さな竹林からは竿や食用のタケノコが得られる。

注目すべきなのは、300年以上前に成立したこれらの屋敷林が、住民による慎重な択伐と植え替えによって、現在までその姿を保っていることである。

地下水位の低い地域では、かつて水を得るために2~5マイルも歩かなければならなかった村人たちが、屋敷林が成立すると、地域で井戸を掘ることができるようになった。

屋敷林の利用は平野部だけでなく、西日本の山間地域でも成功している。そこでは森林の区画はやや大きく、最大25エーカーほどになる。

ここでも、植栽が永続していることが重視される。針葉樹は選択的に伐採され、その他の樹木は樹齢140~175年ほどになると薪として利用される。

こうした山間部の住居で主要な針葉樹となっているのは、アカマツ(Pinus densiflora)である。食用キノコのシイタケ(Lentinus edodes)は、林床に置いた原木で栽培される。

そのほか、ヤブツバキ(Camellia japonica)、ヤマモモ(Myrica rubra)、ヒサカキ(Eurya japonica)など、いずれも常緑低木が利用されている。

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村が洪水にさらされる地域、たとえば**斐伊川平野(Hi-no-kawa plain)**では、農家は土を盛った土地に囲まれ、その上に樹木が植えられている。

クロマツ(Pinus thunbergii)と竹は氾濫原の植栽で最も頻繁に見られ、通常、高さ21~25フィートほどに芯止めされている。

列車から眺めると、家々が背の高い生垣に囲まれているように見える。

下枝を取り除いた場所には、マサキ(Euonymus japonica)の低木が間植えされ、密な一体構造を保つようにしている。

こうして農家は常緑樹と生垣によって囲まれ、洪水、風、埃から守られると同時に、燃料用の薪や農家の修繕に使う材木の供給源にもなっている。

竹も、日本では非常に多くの不可欠な用途を持っている。

そしてこれらは、農家の住環境に魅力的な景観をもたらしている。

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ジョン・L・クリーチ

農務省農業研究局・作物研究部門、新作物研究部門副部長。園芸学者としての訓練を受け、日本へ3回の植物探索を行い、観賞植物および有用植物を探索した

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