戦前、 75年前の「切り花の着色に関する研究」には新鮮な驚きがあった(その1)

 75年前の切り花の染色に関する研究

※日本では、すぐに戦争が始まったため、75年間、ほどんど発展、工夫がなされていない、新しい分野といえる。

「まだら」「ちりめん」「しぼり」のような染め分け方が研究されるべきだと思う。

※植物の収穫後に茎から薬剤を吸わせる「前処理」についても、

植物生理学の研究の重要なジャンルであり、こうした研究の応用として染めの花があったことがよくわかる文章だと思う。

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『農業世界』34(5),(6)(博友社, 1939-04・05)

皆川豊作 明治37年1030生 昭和3年東京大学卒 農芸化学 (『博士名鑑』昭和12年版)



研究室から実用へ

興味ある生花の人工着色法(1)

千葉高等園芸学校教授 農学博士  皆川豊作


生花の着色法に就いての色々の研究


造花も大層美しいものが出来て参りましたが、なんといっても生花には、独特の美しさがあります。

畑に、野に、温室に、オヤと思うほど美しい花が沢山に咲いておりますが、人生にもし生花がなかったならば、誠にウラ淋しいものでありましょう。

かように、生花は、実に天与の恩恵でありまして、その美しさは、美のシンボルにまでなっております。「花のように美しい」とは、あまりにも普通な形容詞になっております。

この美しい花に対しても、なお人間は色々と更に欲求しております。「もっと変わった色調に改良できないものだろうか」「珍しい模様が出ないものだろうか」と工夫致します。

之は花の品種改良と申します研究の一部で、色々の色調の花を配合しました、変わった色の品種を作り出します。また 偶然にも異種異様なものが突発的に出て参りますと、大切に保存し、基礎にして更に変わったものを作り出します。

こうして只今では、数え切れない程多くの品種が作り出され、その色調もまた多種多様であります。

しかし、未だに、充分であるとは思われておりません。専門家の間の話を聞いておりますと、「ここがもう少し、ナンとか外(ほか)の色にならないだろうか」「この色調だけでは困る」と、あたかも花に単調すぎると不平を言っているように聞こえます。

なるほど、少し考えて見ますと、緑の色調の花はほとんどないのであります。

スカイブルーのすがすがしい花が、夏には沢山欲しい気が致します。

花には、たしかに欠けている色があります。菖蒲やアヤメには、紫色の花がありますが、ユリやカーネーションには、紫色の花がありません。

ずいぶん苦労して品種改良をしておりますが、なるほど、まだまだ花には欠けている色調が沢山あります。

そこで、人工的に、一つ着色してやろうと、人間が考え出したのであります。

もし、自由に着色できたら、確かに品種改良の一部の仕事をやったことになりましょう。

生花の人工着色法の種類

生花の人工着色法には、二種の研究があるようであります。元より生花は、生きているものでありますから、下手なことをしますと、すぐ枯れてしまいます。つまり第一に花保ちがよく、長く枯れないで、かつうまく染まらなければ困ります。

第一法 第一種の着色法には、フラワー・パウダーといふのがあります。つまり色々の顔料を配合しまして、種々なる色の粉末を造りました、これを袋の中に入れ、生花を袋の中に吊り下げまして、(第一図参照)軽く振ってやり、花弁の外側に細かな有色の粉末を付着させる方法であります。

袋の中から花を取り出して、トントンと軽く花を打ってやりますと、取れ易い粉末だけが落ちてしまいますから、その後は割合にシッカリと付いております。

ボーッと軟らかな感じのする花が出来上がります。

それでは、粉末であれば、なんでも花弁につくかと申しますと、決してそうばかしでもないのであります。

あなた方の、お母様やお姉様の白粉(おしろい)をご覧んなさい。非常に細やかでしょう。生花もまた十二番、十五番というような細やかな粉末でないと、よくつかず、ハゲチョロになります。

日本画の画家がよく用いておりますあの美しい緑の銅粉がありましょう。十五番くらいの細やかなものを袋に入れて、生花を吊り下げて、軽く振っていただくと、誠に優雅な緑色の花が出来上がります。

青、赤、黄、紫、なんでも容易に、花に付着し、色々の色調の花が出来て、人をオヤッと驚かすくらい、なんでもありません。

しかし、この方法には、甚だ困る点、つまり欠点と申しましょうか、兎に角、イヤな点が二つあるのであります。まず、着物や手で触れても、直ぐに粉末が落ちて来ますから、食卓や手のとどくところへは置くことが出来ません。

次に、湿った花弁に乾いた粉末を振りかけろもものでありますから、花の寿命が短くなるのであります。言い換えますと、粉末かけない花より早く萎れてしまいます。

これでは面白くありませんので、更に他の方法が考え出されました。

第二法 第二種の着色法は、生花が吸い上げる水の中に、薬品や染料を溶かし込んで置き、その中へ切花等をさし込んでおいて、水と一緒に、色を吸い上げせさせる方法であります。

よく子供達が、赤インキを用いて、ホーセン花や花菖蒲を真赤に着色しておりますが、花の種類によっては、赤インクでもよく吸い上げるものがありまして、染りますが、これは極めて幼稚な方法というそしりを免れません。ドイツとアメリカでは、『ナショナル・フラワー・ダァイ』と申しまして、極めて高価な生花染料を発売して居りますが、我が国でも気の利いた花屋または一流のデパートの花部などでは、ボツボツこれを輸入して、五月の母の日等には、青い色のカーネーション等を作り出し、珍奇を好む顧客をアッといわせて居ります。

しかし、これも只今は極く一部の人だけが利用しておりますので、皆さんの中でも、未だ青色のカーネーションを見たことのない方も御座いましょう。すがすがしい感じのする見事のものでありますよ。

由来、我が国人(こくじん)は、色調を理解し、審美する眼をそなえている点では、世界のどの国人にも決して劣っておりません。我国人の眼にかなう人工染料を造って差し上げたいと思って、一寸(ちょっと)研究の傍ら工夫して見ましたら、かなり面白いことが解って来ました。よって、次にその大要を御紹介致します。

私の研究の大要

生花には、色々の色の花がありますが、白い花が、一般に最も香りが高いようであります。

これを自由に染めることが出来たら、実に面白いと思います。

花に依りますと、切花にした後は、ほとんど水あげをしないものがかなりありまして、基部を潰したり、焼いたりして、水揚げといふことを致しますが。こんなウルサイ操作は、なるべくしないで済めば結構であります。

この二つの点を注意しまして、細工をしてみたのであります。

まず、水の中へ色々の絵具や顏料、色素、染料を溶かしまして、切花の基部を熱湯に五分か十分間浸して水揚げをしたものを差し込んで見ましたが、ナカナカ吸い上げてはくれません。

こんな滋養にもならない、しかも危険臭いものを生花が吸い上げるはずもありません。

ダリヤを沢山に切って来て実験しましたが、花の色が変わってくれないのであります。

それからまた絵具屋や染料屋を馳せ回り、さらに沢山の色を集めて実験致しますと、今度は、ユックリでありますが、青い色が吸い上げられて来て、見事に青いダリヤができました。

それから、その染料の構造や性質を調べ上げ、同じようなものを沢山に集めて実験してみますと、今度は、ナカナカよく吸い上げられるものがあります。(図2参照)

色々の薬品の液の中へ、この染料を溶かしてやりますと、トンでもなく早く、花を染めつけてくれるものがあります。

色々と工夫して、青、赤、黄、紫、緑、橙と、沢山の色を造りますと、これは、またナント、ずいぶん美しいものになるではありませんか。

「よくできた造花ですね、先生、それを一本下さいよ、慰問に持っていくのだから」と、幾度も、贈呈致しました。

「深川の病人が癒(なお)るだけで、先生、それ皆んなくんなせい」等々、実験に使ったものに無駄がありませんでした。

染料の構造や性質、配合の薬品等について調べますと、大層むづかしく、また長くなりますので、これは略しますが、生花というものも、案外、容易に色々の薬品を吸い上げるものであります。

フォルマリン等は有毒でありますが、よく吸い上げまして、自分自身花は堅くなり、あたかも眠ったように、開きもせず、萎れもせず、兎に角、咲いております。

花を半分眠らせて、そうでない花がちってしまっても、浦島太郎のように長く咲かせて置くこともできます。

色々の染料を配合し、薬品を添加し皆さんも実験できるように、『マヂック・ダァイ』というものを造りました。

魔法の染料とでも申しますか。(註:農業世界代理部で四月一日より発売)この染料を用いますと、色々の色調の花が容易に得られます。

生花の色調

青、赤、黄、緑、橙と六種造りましたが、この『マヂック・ダァイ』を、少量の水の中に、極く少し、溶かしてやり(第3図参照)白い日本紙の片(きれ)を一寸(ちょっと)浸してやりますと、(第4図参照)紙が染った色と同じ色に、同じ濃さで、それに挿した生花が染まるのであります。

切花をその液の中へさし込んで、倒れないように、ささえをしてやりますと、間もなく、ドンドン吸い上げて来まして、花の色が見ているうりに、変わって参ります。

白い花であると、そのままの色に染まりますが、モトモト色のあるものに吸い上げさせますと、これはまた大層変わったものができます。

切花は、水切りと申しまして、水につけずに少し放って置きますと、水が欲しい欲しいと申して参ります。この時に、茎の一番下を一、二分切ってから、色の液につけてやると、一番早く染まります。

温かい室(へや)や日光の下で実験いたしますと、大層早く吸い上げて参ります。

スイート・ピースやチューリップ等は、三~四分で着色しますが、カーネーション、ダリヤ等は、茎を相当長くして置きますと、二、三十分ぐらいはかかりましょう。

また、サザンカやボケ、梅、桜等の木もの(きもの)になりますと、一晩位かかります。

梅の大きな枝を色の液にさし込みますと、下枝の花から、順々に色が変わって来て、トテモ面白いものであります。

染めた生花の寿命

このようにして染め付けた生花は、人工的に着色しておりますが、染め付けないものが既に萎れましても、なお花保ちがよく、長く楽しめます。

花に依って花保ちが異なりますが、一倍半から三倍も長期間楽しめます。

その上に、一度染め付けたものは、絶対に変色せず、また水で花を洗っても、内部から染めてありますから、おちて参りません。

これらの点は甚だ便利であります。

芸術的な染め方

『マヂック・ダァイ』を濃くまたは淡(うす)く水に溶かして、この中へ生花をさし込みますと、濃くまた淡く色を吸い上げて来ますが、この濃淡のほかに、種々なる手段により、未だかつて見たこともないような面白い着色ができます。

切花の茎の下端を縦に一~二寸割って、これを別々の色の液にさし込んで置きますと、(第5図参照)一つの花が二色(ふたいろ)・または三色(みいろ)に染め別けが出来ます。

また色の濃い液を茎に注射してやりますと、幾十枚の花弁の中から数枚だけ斑染め(まだらぞめ)になります。(第7図参照) 

まず黄色を吸い上げさせて置いて、次に緑色を吸い上げさせ、僅かに花の基部まで、緑色が上って来た時に、きれいな水の花瓶に移しますと、ボーッととぼけた霞染(かすみぞめ)になります。

また『マヂック・ダァイ』に、直接に、切花の茎の一番下の部分をコツコツ打ちっけて、それから花瓶にさして置きますと、絞り染になります(※茎の切り口に濃度の濃い原料を付着させて僅かに吸わせるということか?)。

一色(ひといろ)の液を吸い上げて来た時にさしかえますと、三重にも四重にも一つの花が複合染色をして参ります。

比較的濃厚な液に、短時間さし込んだ後、花瓶にしばらくうつし、また繰り返してさし込みますと、縮緬(ちりめん)染めにきれいに染めあがります。

このように、色々工夫なさると、ソレは面白いように、色々と着色した花が出来ます。

花の品位と美

一般に生花は、色の淡目(うすめ)の方が無難で品がよいものであります。

人工着色においては、まず薄めに着色した方が損や失敗がありません。

『マヂック・ダァイ』は六色揃って僅か三円であり、これだけでも優に数万花の生花を染めることが出来ますが、安いからと云って、デカデカ濃く染め付けると珍奇のものは出来ますけれども下品になります。

また、六種を互に調合しますと、無限に変わった色調が出ます。工夫しますと、我ながら感心するような色に花を染めることができます。

こうして、色々研究しますと、ナカナカ品位のある、美しい着色生花が得られます。

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マヂック・ダァイの利用法

人工着色は、以上述べて参りましたように、極めて容易に、種々なる手法に依り、興味深く、生花を染めることが出来ますが、春夏秋冬のうち、ある季節には花の色の種類の少ない時があります。マヂック・ダァイは、決して変質致し

ませんから、そのような時期に、取出して利用下さると、効果百%であります。

また、白い花さえあれば、どんな色にもなり、既に天然の色のある花に、数本混ぜ合せて用いますと、誠に妙味深々たるものがあります。

画家、園芸家、主婦、令嬢たちの頭を用いるよい友達となり、花道や写生に利用せられた面白いと思います。テーブル・フラワー、花環に用いて、面白いのでありますが、傷痍軍人の御慰問等に、自ら苦心された生花を贈られるのも、よいプレゼントでありましょう。

以上の利用法の外に、植物生理の研究に、応用して戴きたいと思います。

この間、鉢植のチューリップの球根に医療用の注射器で色の液をズブリと注射してやりましたら、花の色が変わったまま、鉢植になって居りまます。お隣の人は、珍しい品種ですねと、一人で感心して居りました。

色々と、とりまとめもなく述べて参りましたが、生花は容易に人工染色が出来て、経済的に、また趣味として面白く、利用出来ます。

一つ、斬新なる手法に依り、珍らしい色に染めて、アッと驚かせて頂きましょうか。また白い色であるために安い花でも、それを黄や赤に染めますと、高価な花になるものは、この方法によってウンと経済価値を高めてやって頂きましょう。

利用法を誤らず、天然の生花の断じて及ばない芸術味豊かなものを造って下さるように、あまり悪趣味に御利用なさらぬよう、最後に研究者としてお願い致して置きます。(未完)※次号に掲載あり












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