冬場の切花の水揚げ法と保たせ方 昭和九年十二月

 『実際園芸』第17巻8号 昭和9年12月号


切花の知識

冬の切花とその保たせ方 

岡安嘉市(飯田橋花園)※元・高級園芸市場勤務


冬の切花類

十一月末頃からお正月にかけてどんどん出てくる切花は、切花類の中で一年を通じて一番高級なものであって、温室物がその大部分を占めております。その代表的なものは、バラとカーネーションと鉄砲百合とスヰートピースとフリージアと洋菊とでありますが、その他チューリップ、ゼラニューム、ヴァイオレット、マーガレット、ルピナス、金魚草、アマリリス、カラー、スプリペデューム、シクラメン、房咲水仙、アヂアンタム、アスパラガス、ブヴァルジア、ポインセチア、エリカ、その他木物等も出で、露地物としてはステヴィア、千両、寒牡丹、寒菊、ハボタン、水仙などが出てまいります。

これらの切花類は、いずれも夏の切花と違って、割に花持ちがよく、従って投入や盛花や挿花或は洋式のデコレーションなどに用いるとしましても、強いて面倒な工作をせずとも結構長保ちするものであります。しかし最初の取扱い方を誤ると、ものによっては容易に水揚げしないことがあります。またその後の取扱い方がよろしければ、たいていの切花はさらに一層長く保たせることのできるものであります。私はそうした意味から、冬に出てくる個々の切花について、最もよいと思われる水揚げ法を申し上げ、序(ついで)に花を長く保たせる秘訣をお話したいと思います。





温室バラの保たせ方


温室バラの切花はほとんど一年中を通じて出て参りますが、寒い時分にはいいものは出ません。十二月に這入ってから漸く品質を回復し数量もグッとふえていよいよ温室バラのシーズンになって参ります。

これには主なる品種だけでも十種許りありますが、一番人気のあるのはペルネ種です。それからハドレー種、バターフライ種の順であって、そのほかイージーヒル種、プライヤークリフ種、ダブルキラネ種、新らしいものではカレドニア種(今年の新種)などがあります。往年大変な人気を博しましたタリスマン種は、今ではたいした人気はなくこれ以下に下がってしまいました。

温室バラの水揚げ法としましては、従来その切り口を切戻す即ち切り直す人と切口を鋏の柄または金槌の細きもので叩いてグチャグチャに潰す人とがあります。私は切口を煮るのが一番いい方法だと考えます。その方法は、まず新聞紙にて切花をよく包み切口い所だけを長さ一寸許りのぞかせて、包んだ元の所を湯気が中の葉や花の方に入らぬようにギュッと握って、沸騰しているお湯の中に入れます。そして切口を五分乃至一寸許り浸して、約三〇秒乃至一分間煮るのです。煮ます時には、切花をお湯の中に真っ直ぐに立てると湯気が中に入り易いですから、幾分斜めにして持ち、切花を一二回回転して切口を片方だけでなく、満遍に湯煮することが肝要であります。

こうして所定の時間だけ湯煮しましたならば、直ぐに引き揚げて水の中に浸します。この時の水は予め桶の中に五寸くらいの深さに汲んでおき、その中に新聞紙にくるんだまま切花を入れておくがよろしい。そうすると、買った時に少しくらい萎れかかっていたものでも十分か十五分後には完全にピンと活き返って来るものであります。

せっかく買ってあるいは貰って持ち帰ったバラの花がグッタリ萎れている時には、誰しも悲観するでしょうが、こんな時にはその切口を長さ一寸ばかりも切り戻して、花首のところまでザンブリ水の中に浸し引き揚げて前同様に新聞紙にてよく包みます。それから切口を沸騰中のお湯の中に漬けて水揚げさせますと、切り取り後あまり日数を経ていない花ならたいてい完全に回復し、蕾ならまた開き始めるものであります。

右に述べたようにしていったん完全に水揚げしたものは、普通の室内においてよろしく、夏なら毎日水を取換えなければなりませんが、冬は三日に一度くらい新しい水と取換えてやるだけで結構です。





温室カーネーションの保たせ方


これは改まって申し上げるまでもなく、切花類中の女王で、一年中出ております。しかし冬は最も品質の良いものが最も数多く出るときで相場は割合高く、花保ちのいいことは既に定評のあるところです。

この温室カーネーションにも沢山の品種がありますが、人気のあるのはワード種、スペクトラム種、アイボリー種、ピンクスペクトラム種、ノースター種等でありまして、このうち白花のアイボリー種はお弔いの多い時にはグッと上がるのが例になっております。このほか最近比較的人気のあるものとしては、デンバーピンク種、ホワイトロード種などがあげられますが、これらは未だ多くは出ません。

カーネーションは元来非常に水揚げのいいものですから特に水揚げ法を講ずる必要はありません。ただ切口が古くなるに従って水揚げが悪くなってまいりますゆえ、四五日ごとに切口を少しずつ切り直してやるといつも元気よく咲くものであります。水は冬は三四日目ごとに取換えたいものです。


温室百合の保たせ方

温室百合の代表的なものは鉄砲百合です。この鉄砲百合は、温室カーネーションや温室バラに次ぐ冬の代表的切花であります。これまたほとんど一年を通じて出てまいりますが、冬場に出て来ますのは主に柳葉鉄砲種(一名早生鉄砲または島鉄砲)と極早生鉄砲種おであります。

これはカーネーション同様に、非常に水揚げのいいもので、そのまま挿しましても相当に長持ちするものであります。しかし冬は温度があまりに低い時には、夏場と違って堅い蕾はついに開かずに終わるようなことがあります。ゆえに寝室程度のところにおいてやることが肝腎であります。水に挿す場合には、下葉を水の中に浸さぬようにすることが肝要で、もしそのまま葉を水の中に浸しますと、冬でもよく腐れて困ります。これを防ぐには水中に没する部分の下葉を予めかきとっておくようにしなければなりません。

また室におきます場合には、葉の上に埃が積り易く、そのために葉は水分を奪われたり、汚れていけません。これを防ぎますには、ときどきシリンジ(キリを吹きかけること)をしていやるとよろしい。水の取換えはなるべく早く、普通に二、三日ごとに行います。寒いときには冷水の代わりに極くぬるい微温湯を注ぐのも一法であります。

水揚げの思わしくない時には、元(切口の方)を切り直すか、または新聞紙に包んで切口を熱湯中に四〇秒乃至一分間漬けて湯煮すればよろしい。ただこの時に特に注意しなければならないことは、鉄砲百合の葉は非常に熱に対して弱いということです。ですから湯煮する時には、葉や花をよく新聞紙で包んで、元の所をグッと強く握り、湯気を中に絶対に入れぬように工夫してやらなければなりません。

この鉄砲百合のほかに、なお二、三の温室百合が出てまいります。毛百合、中生百合、などの俗にいう透かし百合がそれです。これらの温室百合もまただいたい鉄砲百合と同様に取扱っていいものであります。





温室洋菊の保たせ方


温室洋菊の切花は、近来になって急に需要が増えてまいりました。これにも非常に沢山の品種がありますが、十二月に入って割合に人気のあるものは、次の諸品種であります。

1、ディセンバーキング(黄色大輪)

2、ディセンバークヰーン(黄色中輪の大)

3、野^ニング(白の大輪)

4、バッテー(白と桃色との二種がある。ともに中輪)

5、レッドハザート(赤黒の中輪)

6、エンデンシティ(同前)

7、ユールタイド(黃白のポンポン咲き)

8、サンシャイン(黄のポンポン咲き)

9、ニューヨーク(黄色小輪)


洋菊の水揚げ法としましては、元の所を切り直す人、切口を焼く人、切口を叩き潰して食塩をまぶす人などいろいろですが、私は湯煮するのが一番よい方法だと思います。この湯煮法はバラの場合と全く同様でよろしい。水は三四日ごとに取換えてやります。なお二、三日隔きくらいに夕方葉の上から霧をふいてやりますと、葉を長保ちさせることができます。これは菊類には必要な手入れだと思います。ただこの時花弁には霧をかけぬようにご注意願います。




フリージアの保たせ方


冬場に出てくる切花の中で、最も人気のある種類です。上品で香りがよくて、洋式にも純日本式にも使えるこの花は、欲を言えばもう少し長く保つとモット愛されるのですが、でも一つの花の寿命は短くても、次々にポツポツ咲いていくので長く見られます。

1、レフレクタアルバ(白)

2、ピュリティー(純白)

3、ヒッセリー(白の大輪で、いくぶんか軟かい感じがする)

4、チャプマニー(黄)


これも割合に水揚げのいい花ですから、強いて水揚げする必要はありません。ただ花屋から買った時、元のほうが白色を呈しているようですと、なかなか水揚げいたしません。これは土中に埋もれていたために、未だその組織が充実しておらず、葉緑素のないために白色を呈しているのであって、切花をとる時に球ごと引き抜き地下の球根だけをもぎとった場合によくあることです。こういう時には、そのまま水中に挿しただけではなかなか水揚げしませんから、かならず白い部分のなくなるまで元を切り捨てて、それから挿すなり活けるなりすることが肝要であります。フリージアはこの白い所さえなければよく水揚げするものであります。水はなるべくたびたび換えてやり、咲き終わって萎れた花は、その都度抜き取ってすててやると、始めから終いまでいつも綺麗に眺められます。


スヰートピースの保たせ方


スヰートピースは、フリージアとはまた別な意味で花容の優美なこと、色彩の濃艶華麗なこと、貴族的な芳香に富むことなどで喜ばれます。従って品種としては一般に色彩の濁らないもの、たとえば、ブルー(青藍色)とか、赤とか、桃色とか、白、黄などが好評で、そのうち黄と白とを除いた残りの三種が最も人気があります。白はここ二三年来弔い用として特に需要を増しておりますので、弔いの多い時には従って相場も暴騰するのが例となっています。

スヰートピースの水揚げは非常に簡単です。ただ元を切り直して新しい水の中に挿せばよいのです。置き場所は普通の寝室ぐらいの温度のところがよろしく、あまりに寒いところでは十分に花が開き切らないで途中で萎れてしまうことがあります。萎れた花はその都度取り除き、水は三、四日ごとに取換えます。


マーガレットの保たせ方


純白のすこぶるあっさりした花でありますが、日本式の活花にも洋式のデコレーションにも用いられます。品種としては一重咲と八重咲とがあって、各々にはまた大輪咲のものと小輪咲のものがあります。そのうち一重の小輪咲が最も人気があり、これは主に日本式活花の根〆用として使われます。同じ一重でも大輪咲のものは、花首が軟かく弱いために嫌われます。八重咲は暮れよりも春先のほうが人気があった、洋式の仕事花として利用されます。水揚げ法としては、切口を焼いて水の中に挿す方法が最も一般的に行われておりますが、バラなどと同じ方法によって切口を熱湯で煮るのが一番よいと思います。置き場所は普通の室内がよろしく、丈夫な性質ですから特に保温の必要を認めません。水は五日乃至一週間に一回取換えれば結構です。


金魚草(スナップドラゴン)の保たせ方


金魚草の切花は、非常に立派ですから、人気はありますが、輸送の途中で花傷みの多いことが欠点です。品種としては大輪で花着きの多いしかも色彩の鮮明なものが喜ばれます。

水揚げは非常によろしく、なんら工作を必要ととしませんが、花首の長いものになりますと、少しでも横に寝かせたり、一方が影り一方が明るいところなどに置きますと、直ぐに首曲がりを生じます。またいったん首の萎れたものは、そのままでは容易に元気を回復しません。ですから花首のブラブラに萎れました時には花首のところまでざんぶり水の中に漬け、直ぐに引きあげて新聞紙にてよく包み、元の方を紐で縛って、屋内の風の当たらない薄暗いところに吊るしておきます。こうして二時間も経てば、金魚草は完全に元気を回復して、花首はまっすぐになり、どんどん上へ上へと咲いていきます。置き場所は寝室程度のところがよろしい。水は二、三日ごとに取換えます。



ブヴァルジアの保たせ方


ブヴァルジアの切花は、市場に現れだせいてからまだ幾年にもなりませんが、小柄で色彩が鮮明で花保ちがよく、和洋両方面に利用されますために、今では冬にはなくてはならぬ切花の中に数えられております。

これにも一重咲と八重咲とがあり、花色は普通赤色ですが、別に白花種もあります。しかし一番歓迎されるのは一重の赤花種であって、市場にはそうとう多量に出ますけれども、なお一本四、五銭以上の高値を続けております。

水揚げ法としては、切口を焼く方法や煮る方法が行われておりますが、私は熱湯で煮るのが一番完全だと考えます。置き場所は普通の室内でよろそく、水は四日目乃至五日目に取換える程度で充分です。


ポインセチアの保たせ方


ポインセチアの切花は雄大で、熱帯的で、見方によっては非常に単調に見えるものです。ですから人によってたいへん好き嫌いされる花ですが、冬の切花として長保ちする点では、おそらくこれに優るものはあるまいと思います。うまくいくと一ヶ月はおろか五十日くらい持たせることはなんら困難でありません。

品種としましては、次のごときものがあります。

1,赤(族に花と呼んでいる部分の葉が、緋赤色乃至深赤色を呈するもの)その葉数の多少によって一重と八重との二種に区別されている。

2、白(一重で白色のもの)

3、ピンク(一重でピンク色を呈するもの、早生種)


このうちで最も人気のありますのは八重の赤で、一重の赤がこれに次ぎ、白、ピンクの順で、ピンクはほとんど人気がありません。一重はたくさんある場合には極く安く、赤との割合は十対一くらいに出るのが普通とされています。つまり白は赤の引き立て用として使われる程度に過ぎないのです。

ポインセチアの水揚げ法としては、切口を炭火で焼くこともあり、熱湯で煮ることもあります。どちらの方法によってもよいと思います。水は一週間に一回取換える程度で差し支えありませんが、下葉を萎れさせぬためにはなるべくたびたび取換え、十日目ごとくらいに切口を切り直して、再び水揚げ法を施すのが一番です。

そのいずれにしても、ポインセチアはただ切っただけでは切口から、乳状の液を分泌し、決して水揚げしないものですから、活花とする場合には必ず水揚げ法を施さなくてはなりあmせん。置き場所は影のない明るい室がよろしく、寒い部屋よりはいくぶん暖かい寝室くらいの室の方が葉保ちのよいものであう。

なおこのポインセチアは、葉の大きいものですから、埃に汚れやすい欠点があります。これおを防ぎますには、シリンジをしてやるか、または、羽箒にてときおり静かに掃いてやることです。



千両の保たせ方


十二月に出てくる切花の中では、千両は代表的なものとされています。これには赤実種と黃実種とがあります。赤実種が常にその八割以上を占め、黃実種は赤の二割足らず用いられる程度です。

千両の水揚げ法としては、切口を焼く人と煮る人と叩いて潰す人とがあります。私はそのうちの一番最後の方法によるのが一番いい方法だと考えます。切口を叩く際には、切口から長さ五分ばかりの間がグチャグチャになる程度に叩くのです。その叩いた部分を更に焼いたり、食塩をまぶしてもんだりする方もありますが、それほどにしなくてもただ叩き潰しただけでよく水揚げいたします。水は木物のことですから、そうたびたび取換える必要はなく、五、六日隔きで結構です。置き場所は暖かい室よりもむしろ普通の室の方が長持ちするように思われます。


切花の保たせ方秘訣


以上で十二月に出てくる主なる切花の保たせ方を一通り述べました。で次には一般的な注意として、各種共通の花の保たせ方秘訣を申し上げましょう。

1、冬の切花に絶対禁物なものは、風と火気と凍結と乾燥であります。寒い風が当たると、花は一度に傷んでしまい、蕾までも開かずに終わることがあります。

火気というのは火鉢の火、煉炭、石炭、ストーブ、ガス、などをいうのであって、これらは直接に花の寿命を縮めるものであります。特に木炭や煉炭の使用によって生ずる高温と悪いガスは、花を傷めることが甚だしいものであります。また水が凍結するほど寒い所に置いてはいけません。凍結すれば温室物は完全に駄目になってしまいます。これは容器とも大いに関係があることで木物とか、露地物は構いませんが、温室切花の類は冬はなるべく竹とか、木で作った容器または瀬戸物とか硝子製のものを用いるようにし、金属製のものを避けるようにしたいものです。

2、花に水滴をかけぬこと

3、葉の質の丈夫なもの、例えば菊とかバラなどに対しては、一日隔きくらいに葉の上だけに霧をふきかけてやるのは、葉の蒸発作用を鈍らせ、乾燥を防ぎ、木に生気を持たしむる上に非常に有効であります。

4、花をもらったなら、この花は温室で作った花か、露地で作った花かをまずよく確かめ、それに応じて手当をせぬと長く保ちません。温室の花を非常に寒がらせたり、またはその反対に露地で作ったものを非常に暖かい室におくなどは、最も慎まなければならぬことです。

5、すべて洋花の類は、明るい室内におくことが肝要ですが、日光の直射する所は避けましょう。

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