促成野菜の座談会 温室物が普通になるころ、野菜の本当のおいしさというのは何かと問いかけている 中央卸売市場がだんだんと整備されて行く時代

『実際園芸』第18巻2号 昭和10(1935)年2月号

問屋消費者から生産地へ 促成蔬菜の座談会(2)

※青山の辰好軒で使用された野菜

同じく青山の紀ノ国屋で洋梨を買ったことがこの座談会で話題になっている。

国際料理辰好軒 松浦孝至氏のレシピが掲載されている雑誌『栄養と料理』

( 昭和12年(1937年)  第3巻第3号 p26 )

https://www.eiyotoryoris.jp/articles/571/

https://www.eiyotoryoris.jp/articles/451/


(1934年)十一月二十二日青山、辰好軒にて

出席者

(生産者側) 千葉高等園芸学校教授農学士 江口庸雄

( 〃  ) 新宿御苑農学士 福羽発三

( 〃  ) 埼玉県農事試験場技師 関 愼之介

(販売者側) 東京中央卸売市場神田市場 山崎磐男

( 〃  ) 問屋・河定 加藤定七

(調理人側) 辰好軒主人 松浦孝至

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 十一月二十二日の夕、専門学者と生産者と販売者側及び蔬菜を調理する側の方々のお集りを願って一夕座談会を開いた。その速記録が次に掲げるものです。題名は促成蔬菜になってますが、事実は東京市場に集る、所謂蔬菜の高級品全般についての綜合的な研究談であります。殊に問屋側、調理人側の御意見(記事は次回になります)に地方生産者に対して相当によい参考となると思います。

御出席の江口先生は新進の蔬菜学者として、全く一生面を開かれて居らるる方々で、福羽先生と共に昨年の四月の座談会にも御出席を願った方です。関先生や福羽先生は本誌上にいつも御高説を御発表下さる方々です。河定商店主の加藤さんは促成品高級蔬菜の問屋として代表的であり、山崎さんも市場側として毎日市況に通じておられる方です。松浦さんは東京市内に於ける趣味の料理家として、殊に蔬菜、果物等にも精通しておられる方です。

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最近の生産地の動き


石井 河定さん、取引先の関係やら生産地の状態をもう少し詳しくお話し下さいませんか。最近では特産地が転々として変動しておりますが、主なる産地から生産品の特徴などについて伺いましょう。


河定 集団的な所で東京のお台所に一番のお得意は静岡でしょう。まず無いものはありません。現在静岡県の促成品は先ず恐らく日本一でしょうな。品質の良否は第二の問題としまして、温室の面積と生産の量は一番多いでしょう。その中で一番余計作っておりますのが胡瓜、それからメロン、これが大眼目です。それで現在われわれが言う秋作(あきさく)は、第一期作に胡瓜を作ります。第二期作になるとメロン、或は茄子、トマト、こういったものを作ってますが、概してメロンです。あと夏作は全部挙(こぞ)って、メロンをやります。二期作に胡瓜をやる方もありますが、この二、三年胡瓜は非常に安くなったので、胡瓜は半減されたようです。

その次が愛知県ですが、愛知県の温室の主たるものは、現在(いま)茄子が一番多いです。夏になると矢張りメロンが出ます。それからあすこではわれわれは俗に獅子蕃(ししなす)と言いますが、鷹の爪という蕃椒(とうがらし)がありますね。あれの辛くない品種を盛んに作るんです。あとは神奈川、東京、山梨、福島の方に行きますけれども、近年温室は全国どこにでもあるようになりました。皆様御存じの通り、その所でも東京の周囲(まわり)には温室は随分あるわけです。

東京の温室村などは花が主の様ですが、神奈川県はメロンが多くトマトも相当に作られてます。いづれも東京に近いだけに高級品が生産されています。山梨の温室、高知県の暖地栽培はすでに有名ですが、その外に簡易栽培で盛になったのは熊本の市外ですな。あれは暖地を利用としての紙張り温室でやっております。それから鹿児島の指宿(いぶすき)付近、これは温泉利用で茄子が主で相当に生産があります。次に私は行っては見ませんが、長崎県下の天草辺にボツボツ盛んになりかけているようです。新生産地は毎年の様に現れて来ております。それから少し此方へ来ますと三重県下も相当によいものが出ます。


石井 三重県からは何が出ます。


河定 三重は胡瓜を主としまして、多少細かい物を作っています。その間に和歌山県があります。和歌山はたいがい小物です。


石井 どういう物です。


河定 蕃椒(とうがらし)であるとか、茄子、その他芽物といいますが、蓼とか青紫蘇とか、そういう妻物類を作っております。それから大阪付近と京都付近にも沢山あります。ごれが転々としていまして、皆んな組合も何も作らずに、個人営業が多いのです。これも数にしたらかなりあります。それで大阪や京都付近の温室は、全部大阪へ集中されますので、非常に良い物、傑出した物が青物にしても果物にしても出来るんです。それが彼地の板前さんがさかんに良い物を作らせるものですから挙(こぞ)って何でもやっておられるようですな。それは大阪のお料理屋さんの板前の組合と提携しているらしく、その点は進んでいるんです。大阪、京都付近の温室は、直接に需要者に向って入れる方が大分あるらしいです。東京はそういう事がなくて、一遍問屋の手に掛って行く、こういう習慣になっているらしいです。その点が或は違いやせぬかと思います。

ですから東京付近としては、温室ものは静岡県が先ず第一位でしょう。第二位が愛知、それから神奈川がたいへん多いのですが、神奈川県は全体ではなく或る一部ですからその割でもないと思います。それから、北の方では栃木にもありますし、群馬にもあります。フレームでの生産地としては茨城県で硬い皮の胡瓜を作りますが、非常にあれが多いです。枠数にしたらフレームは日本一だろうと思う位あります。あの寒い所でよくあれを作ります。あとは半促成が多いでしょうな。これは四国の高知県の如き、鹿児島、熊本、大生産地はそういう所だと思いますね。現在ぼつぼつ傾向が見えますのは、福島県の方へ行って大分やっている方があるらしいです。福島辺りはどうしていいかというと、東京へ来るより東北から北海道へ行く需要があるんです。東京から向うへ転送される蔬菜類はたいへんなもので、メロンにしても胡瓜にしてもどんどん函館から向うへ送り込まれる物が多いですから、あの中間で作った物は東京へ来ないで仙台から、むこうへどんどん行ってしまいます。郡山から向うへ行く物が却って多いと思います。それですから飯坂(いいざか)とかああいう所で以て温泉熱を利用してやっているらしいです。それから長野県や上田付近でもぼつぼつ始めております。これは東京へ出し、名古屋へやり、東北へ送る、三派に分けてやっているらしいです。

ただ促成屋さんの困っているのは台湾と小笠原、沖縄で、これが三大敵地でしょう。それに準じて暖地栽培の高知、鹿児島、熊本の海岸の天恵の地を利用しての栽培で、何れも東京近県の産地に対しては大敵だろうと思います。それで、温室の二期作と、暖地栽培の一番作最初とが喧嘩をするのです。そうするといつでも暖地栽培の方が量が多いですから、温室が落されてしまう。温室の終いの方の胡瓜は小さくなるから、片方の勢(せい)のいい物にやられてしまう。茄子でも何でもそうです。もう指宿辺りへ行って見ますと、二月辺りでも硝子を掛けない。硝子を取って直接に光線を当てております。ですから茄子も艶の良い硬い物が出来ます。然し東京でやると一週間で大きくなる奴が、彼地では十日位置かぬといかぬようです。

それから彼地のフレーム設備は面白いですよ。迚(とて)も変った設備やっております。


江口 指宿の茄子はちよっと向かぬでしょう。あの色は…。全然今のお話のように露地ですから。


関 夜分だけ硝子を掛けるんですか。


河定 夜分だけ硝子を掛けて、蓆を一板掛けるだけです。風も何にもありませんから結(ゆわ)きもしません。もっとも、風のある時は結きますが。


江口 温室で困るのは茄子の着色です。あれは紫外線が合わなくては出ませんからね。卜マ卜の色のように温度だけで色が出ればよいですが、なにせ光線に当てなければならぬものです。


河定 指宿で一番熱心な方は、田中隆一(りゅういち)さんという方で、見事な物を作ります。


江口 露地と同じですから、しかもその露地が水田みたいなものです。


河定 ステッキを突込んでギユッと抜くと、そこからズッと湯気が出るんです。


石井 塩分があるですか。


江口 それでますます良く行くんです。


青果市場から見た促成品の出廻りと取引状況


石井 山崎さんひとっ中央青果市場から見たところの促成品の種類から取引状態、或は青果市場から生産地への希望という様な事をお話願えませんか。


山崎 市場から見た促成物の数字はハッキリは分りませんが、大体の取引額の数字の上から見ると、神田市場は僅か五年にしかなりませんが、よほど増えて居ります。それというのは、最前(さっき)からお話のように、新興産地が非常に増えて来て居る。今まで米麦(べいばく)を作っておった所が、米麦ばかりじゃ仕様がないから野菜果物を副業にしようとする。今まで野菜果物を副業にやっていた所も、これじゃ仕様がないから促成や温室物をやって行こうというような所が、最近のような状態の農村ではよけいにそういう風で進んで来た傾向があるのじゃないかと思います。そういう所から見て、矢張り年々促成の数量は、市場全体から見ると増えて来ていると思います。恐らく十年ばかり以前と現在と較べるとよほど変って来ていると思います。

促成品の種類ですが、矢張り胡瓜ですな。それから蕃茄(トマト)、殊に蕃茄は最近よほど増えて来て居りますね。十年位前に場馴(ばなら)しといったものですが、そんなことはどんどん通り越して促成が増えて、最近の蕃茄の数量というものは非常に増えて居ります。一番多いのが胡瓜、その次が蕃茄、それからメロンは促成の中に入らぬか知りませんが、メロンの数量も近年非常に増えて来て居ります。その外の物は大同小異で、特別に多いというような物もないのじゃないかと思います。


山崎 市場から生産者への注文では、何人も御承知でしょうけれども、中央市場というものが最近出来ている。隨って取引制度もすっかり変って来る。そうすると今までのような出荷の方法をしていたのでは、いくら促成でもだんだん衰えて行きやしないか。例えば一番ハッキリしているのは、茨城県の促成胡瓜ですが、あの古い歴史をもって一時は相当立派なものを出して来ていたんですが、これが市場に対する出荷の方法が悪いから、他の進んだ出荷の方法に圧倒されて、現在の状態で進んで行けば必ず影も無くなることが近い将来じゃないかと思います。ですから矢張りたとえ促成にしても、将来はそうした変って来る市場制度に順応した出荷の方法をしないと、負けてしまうと思います。最近だんだん促成の出荷組合とか何とかが出来て、新しい出荷の方法をしておりますが、結構なことで、それをやらないとどうしても負けると思います。市場から促成方面の生産者へ頼むことは出荷の方法を出来るだけ市場の制度に順応した方法を採って貰いたいということです。


河定 市場の制度が変ると必ずきちんと行くんですが、現在は市場の制度が悪いんです。これは自分で言うと可笑しいですが、こういう訳です。茨城県の如きは一日で行って来られますから、問屋が行って荷主を勧誘して来るんです。そうすると茨城県の生産家は、勧誘して来るから直ぐ出す。つまり統制を崩して来る。統制のまとまったものを、俺の所へ出せ、俺の所で高く仕切ってやると、二、三回は高く仕切る。いわゆる呼仕切(よびしきり)をやるのですが、三度目位からはそう砂糖ばかり嘗めさせないで、ぼつぼつ辛いものを嘗めさせて来る。それで今度中央市場で販売者の制度がきちんとしますばそういう事が出来ませんから、そこで自からそういう事が変って来ると思います。ですから今、生産者にしても販売業者にしても、関ヶ原ですな。ここ一年を御辛抱下されば、完全なものが出来ると思います。

山崎 それを今から用意して貰わぬといかぬのです。出来てからじゃ間に合わないので、出来る前にやって置かないといかぬです。

河定 こういうものを生産家が読めば、成る程ということがごつんと来ます。現在中央市場が出来たらどうしようかと考えている時ですから―。昔は箱から出して並べて売ったものですが、今度はサンプル売買になって来ますから、実際文明化した方法になって来るわけです。荷造りなんかもそうですな。人情としまして下へ悪いのを入れて上へ良いのを入れて出すんですが、こういう事がすっかり無くなって、オレンヂにしてもサンメードにしても、ああいうものになって来ますよ。それだから統制ということに重きを置くんです。


荷造りの問題


山崎 促成品なんか荷造りをもう一層考えて貰わぬといかぬですな。促成蕃茄(トマト)の新しい中のは持たぬです。それに促成蕃茄の中に籾殻を詰めて来たりしますから。


河定 それならまだ宜い。籾殻の中に隠元を入れて来ます。


山崎 先だっても山梨から西瓜を送って来たんですが、全部割れているんです。これは相当高い値の西瓜だったですが全体が割れておった。それは添物が何にもなかったからです。


河定 西瓜は十のうち、四つは必ず荷造り不完全で欠けて来ますよ。一昨日私の所へ来たのに、二十箇のうち完全なのは一箇しかないといふのがある。送り返すことも出来なければどうすることも出来ない。これは完熟させればさせる程、ポカポカと来るから弱るのです。


松浦 そうですよ。私の所も箱ごとそっくり買ってやるんです。持って行きどころがなくて仕様がないような困ったものがあったら持って来いと言って置くので、何か困るものがあると持って来ますが、一箱持って来るとだいぶ割れておりますね。


埼玉の促成品


石井 関先生にひとつ埼玉特産の軟化(もやし)もののお話を伺いましょうか。

関 埼玉県の促成栽培というのは、全く軟化物ですね。その種類と生産高の概算を申上げて見ます。最も生産高の多いのは根薑(ねしょうが)で、これが二十六万二千円ばかりになっております。それから独活(うど)が十万八千円、三ッ葉が十万円、茗荷が三万円、浜防風が五万円、根芋(ねいも)が約一万円、合計しまして五十六万円余になっております。これを生産する地方は県内点々とありますが、まとまっておりまするのは鳩ヶ谷町付近十ヶ町村前後であります。よほど栽培の起源も古いのでありますし、また今日まで他の地方で注意をしておりませんために、東京市場に於ける軟化物としては、独活と三ツ葉の外は殆んど埼玉県生産の軟化物であると思います。その中、最も主としてやっておりますのは根薑(ねしょうが)でありまして、根薑を栽培する傍ら、浜防風或は独活、三ツ葉をそれに添えて栽培している向きが多いのであります。したがって根薑については、当業者もよほど苦心をしておりますために、永年の経験と、また市場販売などについての知識も相当に進んでいるようであります。特に根薑栽培については一種特別な軟化室(もやしむろ)を造りまして、地面の中に穴を設けてその中で栽培をするのでありまして、これは土質の関係で他の地方で急にこれを真似ることも出来得ないかと思うものであります。これらのものは栽培が古いために、栽培地に病害の発生が多くなりましたので、営業者は市場に販売する苦心よりは、寧しろ栽培の病害に対してどんな事をしたら宜いかということを、今日に於ては苦心を致している実状であります。したがって栽培する農家も、ぼつぼついくらかずつ人が変っているというような傾きがございます。然し何れにしましてもその設備が温室などと違いまして、要するに経費が少ないのでありまするのと、また冬期間農家の閑散な時期の労力を利用するという、この二つが軟化栽培の特色でありまして、将来更に発展する可能性は別問題として、今日栽培地の農家ばこれがためによほど利益を得つつあるようであります。今日では根茎などにつきましては、従来個々別々の東京市場に生産者が売り出しておられたのでありますが、共同出荷の方法をだんだん採るようになりますと共に、また一面生産者の組合では、販路の拡張と申しますか、大阪市場にも根茎を直接売り出すというような事をしているのであります。その外、問屋とか市場とかいう方面に対する希望というようなことは、従来永年の間、問屋さんと取引が円満に行われており、また比較的競争地が少ない関係か、特別の希望とかいうことは現在(いま)考えておらぬように思われます。私共の眼から見ましても、そうむづかしい注文を市場などにつける点は、改まってないかと思うものであります。ただ栽培地に於て困っているのは、病害だけのように存じております。簡単でありますが、埼玉県の軟化栽培は以上申し上げたような状態であります。


独特な風防の松浦シェフ。今なら、
ミシュランの星付きレストランのオーナーシェフといった
玄人好みのする著名な料理人であったようだ。


石井 今度は松浦さんに、お料理をされる側の見方として、お使いになっておらるる促成品の産地や品質などについて、ご遠慮なしに御意見を伺いましょう。


松浦 産地の事はよく分りませんが、胡瓜は今晩差上げようと思いましたけれども、イギリスの胡瓜の良いのが来ておったんです。小さいのですけれども、とても良かったんです。

イギリスの胡瓜のよいものを知っておりますと、普通の胡瓜は食われないです。私などあまり算盤を取って物を買わない所為(せい)ですが、胡瓜というと日本の普通市場から出ているのよりイギリスの方が美味いと思いますね。少し加減して丁寧に使えば、料理屋じゃ損なことはありません。


石井 品質から言うと、どういうのが?


松浦 どうも私、一々分りませんが、日本のじゃ矢張り茨城辺りから出るのが一番良いようです。芽ヶ崎辺から出ます半白(はんぱく)なんかよりは良いようです。茨城の少し黒みがかったのがありますね。それから船橋辺りから出るのも黒みがかっております。


関 青胡瓜という奴でしょうか。


福羽 落合系統のものです。


松浦 あれが一番良いようです。細くて美味いようですし、香も良いようです。半白というのは肉が多すぎて香りがなくて、のっぺらぼうで美味くないですな。


石井 肉質とか、そういう方面では―。


松浦 風味という点から言うと矢張りあの方が良いです。どういう点から言っても、半白という品種は、糠味噌より仕様がないですな。料理屋じゃ感心したものでないです。


関 半白は肉が軟らかだと思いますね。


松浦 ただ後先は整っておりますね。むらがなくて、それだけらしいようです。使う点から言ったら、茨城だの船橋辺りから出るのが良いと思います。

それで一体に野菜を東京近所で買いますと、八百屋さんは何と言うか知りませんが、多摩川辺の野菜より、船橋寄りの野菜の方が美味いです。それは畑なんか、露地を耕作しているのを見ても、整っております。電車でずっと通って見ても、此方の方の野菜が良いなという感じがしますね。京王電車や玉川電車で通るよりは京成電車で通って行った方が、良い野菜が穫れるなという気がします。概して美味いです。菠薐草(ほうれんそう)なんか覿面(てきめん)に繊維のエ合が違いますな。大根などでも全然違います。特殊な福羽先生なんかに栽培さして戴くものは別としまして、市中に出て来るものでございましたら、聖護院大根なんか、いわゆる千住物といって埼玉辺りから沢山出て来るのがあります。聖護院大根、近江蕪などやっておりますが、あれはそういう恰好のものが出来るというだけで、本場の物とでは雲泥の差があります。本場の物とじゃとても較べ物になりません。そのかわり値段は四倍くらい取られますが、食べた感じ、一体庖丁の刃に当てた時の感じからしてまるで違います。それはどうしても京都辺りから積み出して来る物の方がずっと良うございます。大根では宮重(みやしげ)大根、方領大根を買いますが、まあ宮重大根、方領大根も名古屋から来るというだけのもので、悪いとは思いませんが、千佳廻りの大根、あれは練馬ですが、決して悪い物ではありません。良い大根が来ます。ただ同じ練馬の種でも、多摩川近所で作った物は駄目です。硬い、そういう感じがします。蕃茄でも何でも、概してこちらの方が良いと思います。ウヰンゾールなんかも京王電車の沿線で作っておりますけれども、矢張りこちらの方が良いようですね。

福羽苺なんかは、変な提燈持ちをするようですけれども、私の所へ来る蒲原の志田さんのが一番良いと思います。千疋屋へ行っても私のところで使っているだけのものはありません。葡萄でも先ず私の所へ来るのなどは粒が小さくても良いです。今年はセンテニヤールが来たんです。


松浦 いろんな話になりますが、概して東京近所の野菜だったら、千住から千葉県の船橋までのものが使うには宜いと思います。ですけれども根菜類で京都方面が本場のものは矢張り京都のものをみな使っております。東京の物はとても本場物には及ばぬと思います。それから小芋なども、千住の小芋よりも何と言っても京都の小芋のほ方が良いと思いますけれども、小芋では茅ヶ崎辺りから出て来る砂地の細長いのがありますが、あれはとても良いと思います。


福羽 静岡の六月芋の探り(さぐり)と同じでしょう。


松浦 あれが千住辺りの芋より良いと思います。また、卜マトの話になりますが、生で食べるものはあまり市中では買いませんで、直接生産者から頂戴しておりますから、私共で用いているのと比較は出来ませんが、赤い卜マ卜ではウインゾールやフルートが王様でしょうな。


河定 生産家から直接需要者へという一番進んだ方法ですな。


福羽 その点、あなた方には意見があるかも知れませんが、私はこれが一番進んだ合理的な方法だと思いますね。


松浦 然しそれが必ずしも絶対に良いといふ訳にも行かぬのです。


河定 それはあなた方の頭でやって行かなければ――。市場になれば全国から来るから毎日品評会やって居るのと同じです。


松浦 経済的に考えたら、私等のようなことは出来ません。こういうことをお客さんの前で言うのは変ですが、私は趣味で調理をやっているんですから。


河定 あなたの今の性質ですと、自分の気に入らぬ物は捨ててしまうような性質でしょう。


松浦 けれども経済的に商売という観念を以てやるなら、問屋の手を通さなければ嘘です。


河定 それなら経済的な物を買って来てやらなければならぬが、最前(さっき)からのお話を聞いているとそうでない。それが僕等に言わすと一番進んだ方法ですよ。


松浦 生産者から直接取りますと、作る人は欲があるから、これも一等品だ、あれも一等品だと言う(笑声)。けれども見て区分すると四段、五段になる。ところが問屋を通すと篩に掛けて本当に良い物を取る。だから良い物だけ引込抜くことになります。


河定 あなたのお説はそれだけだけれども、あなたの着眼点は、もっとより以上進んでおられる。福羽先生だの、いわゆる一流の所(※一流の顧客)を押えて他の所を見向きもしないから、それ以上大したことはない。それが一番穿っているだろうと思う。


松浦 私などがむしゃらで無茶苦茶に使っていまして、あまり品種のことなどは分りませんが、ただ美味いなと思う野菜は、手当りが違いますね。


福羽 それはそうだろうな。多少数を扱って居られたらそれは分る。


松浦 妙なものでしてね。魚を買いに行っても私はあまり手を付けないです。ひょっと見て、それを買おうと言う。その点で褒められますが、八百屋でもピンと来た奴が良いんです。


江口 それは作る方から言いましても、同じ胡瓜でも一週間で穫れるのと十日で穫れるのとあります。矢張り順調に育ったのは甘味もありますし、艶もありますし、良いですね。栽培法が下手いと、例えば温度が足らなかったり、肥料が足らなかったりして育つと、皮が硬いし、妙なことになります。


福羽 理窟はあるんですけれども、理窟を超越した感じですね。


江口 艶がいいし、形も整つて来ます。


福羽 バッと見た眼で判断がついてしまう。



松浦 この梨(食卓に出ているもの)がつい先だって初めてそこの紀ノ国屋へ出たんです。行ったところが、十銭で売っている。私が「この西洋梨は美味そうだね」と言ったんです。「恰好が悪いので売りにくい」と言う。「恰好は悪いか知らぬけれども、これは甘くて美味いぜ」と言って食べたら、本当に美味い。それでも恰好が悪いというので食べて見る気がないらしい。それなら寄越せというので持って来たんです。河定 最前(さっき)言ったのがそうです。先ず、第一に形、それへ行っちゃうです。


松浦 私等の一番困るのがそれなんです。作る人があまり学者気質(かたぎ)になってしまいますと、それを考えてくれない。

例えば葡萄の房をいくらか下を細めるように中をずっと手を入れる、十の所を七、八つにすかしてくれれば、粒もいいし、房の格好も良いが、それをあれも惜しい、これも惜しいで、凸凹になっちゃうのです。結局粒も穢(きたな)くなり、小さい。いくら美味く出来てもこれは困るです。


江口 然しこの西洋梨だけは、外観の悪いのが性来(うまれつき)で、これは良い方でしょうな(笑声)。


季節ものの味


松浦 色ということも考えて戴くと宜いと思うですね。それからあまり奇を好みすぎられるのも困るんですよ。時ならぬ時分に無理に、真冬の物を真夏に作るとなると、全く困るです。結果が良くないらしいです。第一、野菜なんというものは能く考えて戴かないと、暖かい感じのするものと、冷たい感じのするものとあるんです。例えば三ツ葉なんというものは、浸物(ひたしもの)か何かにしますといくらか涼しい感じがする。けれども大根などはどんな事をしても、大根おろしにしても暑い感じがする。どうしたって大根なんというものは冬のものです。寒くなってから食べるものです。白菜なども漬物にしても夏出して見ては白菜の感じがしない。矢張り寒くなって来てから、脂肪ッこい物と一緒に煮て食べて、白菜の本当の味があるのです。

そこで結局白菜という物は、寒くなってから結球するものです。そういうものに出来て居るのを無理に夏作するでしょう。気分にぴったり来ませんよ。それを無理に作って出すから'いかぬ。私はいつでもつまらぬ物だと思いますね。


福羽 作る人は苦心惨憺しているが。


江口 促成はそれをやろうというのですから。


松浦 前にお話したように方領大根を真夏に使ったって、ちっとも美味い感じがしないです。矢張り夏大根は夏大根らしいところがないといけません。それを作る人が考えてくれたらよほどいいと思いますね。促成が必しも悪いという意味ではありませんが、茄子や南瓜を今食べたって―茄子は秋茄子というからいくらか晩秋の感じがするか知れませんが、南瓜という感じはしません。冬至に南瓜を食べるというから差支ないと言うか知りませんが、南瓜の感じはしませんな。南瓜は五月頃なら早い南瓜という感じはしますが―。私はこういうことを言われた。君は時の物を時に使いたいという話であったから、苺を六月時分に出して見た、ところが君は苺なんか今時分東京の料理屋では使わぬと言うけれども、時の物を時に使いたいと言うから苺を出してやったという。まあ料理屋が使うのに、場末の果物屋に山と苺があるようになってから使ふ訳にいかぬと言う。だって促成栽培の苺を冬二月三月頃に使うということは、君の趣意から反すると言う。そんなことは莫迦々々しい事じしゃないか。じゃあ真冬に隠元を食わすようにしたのは誰がしたか。専門家が教えたか知らないが、そんなものを出すのは間違いじゃないかと話したんですが。


江口 矢張り需(もと)める方があるから、作る方も作ることになったんでしょうな。今の時の物ということ、私も全くそう思いますな。ただ私が一番疑問に思いますのは、胡瓜なんか露地の時の物と、温室物の非常に良く出来た胡瓜を較べますと、温室の良く出来た胡瓜の方が美味しいですな。


松浦 そうですな。香りだけは…


江口 香りだけはどうも私は疑問です。


松浦 概して香りを食べるものは温室の方が良いようです。


江口 甘味はどうです。


松浦 ありますとも。甘味も温室の方があります。トマトなんかも温室の方が良いです。概して香りでしょうがね。それから水気のあるものは温室の方が良いようです。球塊類、これは温室よりは露地の方が良いです。時を待って食べた方が宜いようです。特に澱粉性のものは囲った方が宜いようです。


福羽 多少追熟させたような気持ですね。それは本当でしょう。


松浦 同じ葉菜類でも、菠薐草や何かは温室より露地の方が良いようです。


松浦 それから三ツ葉の本当の味は、土寄せが 一番良いですな。私は軟化(もやし)より土寄せの方が良いと思います。


江口 それに比較すると関西の密植軟白(みっしょくなんぱく)、あれはどうです。


松浦 そんなに良いと思いませぬ。私は灰汁は強いけれども、例えば独活でも三ツ葉でも土寄せの方が良いと思います。灰汁の強いものほどああいうものは良いですな。山独活は別です。天然のものは教育してないですから。


江口 矢張り自然という気持が濃厚なんですね。(以下次号)

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