三世代同居の新奇な多肉植物「しころべんけい」の由来をさぐる Bryophillum から Kalanchoe に統一される頃 京都大学 志佐誠氏

 

『実際園芸』第17巻4号 昭和9年9月号

志佐 誠 (1902-1983) プロフィール

東京都出身、昭和3年京都帝国大学農学部卒業、同年同大学助手。12年台北帝国大学付属農林専門学部(園芸学)教授、台湾にて終戦。戦後、新潟農専教授、京都大学より農学博士の学位取得。24年新潟大学、28年名古屋大学教授、40年定年退職。(『日本花き園芸産業史・20世紀』)石井勇義氏の蔵書は名古屋大学に収められ、石井文庫となっている。同様に岡見義男氏の蔵書もここにある。



孫を負んぶする植物

志佐 誠


多肉植物や羊歯植物には植物体のある部分に、不定苗を生ずるものがしばしばある。それらの中には、できた幼植物が親の葉の表面に著(つ)いていて、ちょうど子が負ぶさっているように見えるものがある(羊歯では「こもちしだ」や「ほざきかなわらび」等がその例である)。ところがここにできた子に間もなく更に子ができて、都合、親、子、孫の三代が一つの植物体として生存するものがある。即ちいっぺんに三代が見られるのである。あいにく無精ものであるのでなんであるが、三夫婦にも比すべきものであって、開橋式の渡り初めにはもってこいのものであるかもしれぬ。

図に示したのは「しころべんけい」の葉である。この図はC.F.Swingle氏が「世界中で最も繁殖の容易な植物」という見出しで書いた報文の挿絵である(Swingle, C.F. : The easiest plant  in the world to propagate. Jour. Hered. 25 : 73-74, 1934)。


「しころべんけい」の葉に不定苗が著いているところ

子苗の欠刻にはさらに数個の孫苗が現れているのを見よ。即ちこの葉一枚に三代の植物体が見られる(Swingle1934)

※https://academic.oup.com/jhered/article-abstract/25/2/73/804314


この葉は、一枚の葉に20~40の主脈が走り、葉の両側には50~100個の欠刻がある。そしてこの欠刻にはもれなく稚苗を生ずる。更に栄養と湿気とが適当であると、この稚苗の欠刻にまた5~6個の孫苗が著く(図参照)。であるから、一枚の葉には千に近い子苗および孫苗を生ずるもので、一個体から一季節にはおびただしい数の子苗を得ることができる。


上図は、上中下3巻で出された『原色園芸植物図譜』(石井勇義著・昭和15年)


この植物はわが古曽部園芸場(※京都大学付属)にも二三年来、その新奇な姿を現している「せいろんべんけい」に似たものだとは誰しも思うのであるが、Bryophyllum(の)何であるか、その種名が判らなかった。新しい植物であるためか、一寸タネ本を捜しても見当たらない。そのうちに誰かが、種苗か何かのカタログで名を見つけてきて Bryohpyllum daigremontianum であるらしいという事になったが、ただそれだけで命名者の名も、原産地も、世に出たいきさつも不明であった。この名前が東上したのであるか、石井勇義氏の名著、原色園芸植物図譜の第五巻に、この学名を掲げ、「こだからべんけい」の新称をつけて、この植物の紹介が出ている。これによると、日本に招来されたのは林博太郎伯が昭和六年(※1931)に北米から持ち帰えられたものとあるが、依然原産地その他は不明である。

ところが上記 Swingle 氏の報文によると、同氏はこの植物を Kalanchoe daigremontiana Swingle と名付けていて、同氏が一九二八年に Madagascar から輸入したものであることが分かる。 Kalanchoe 属は Cotyledon に近いものであって、「せいろんべんけいそう」( Bryophyllum calycinum, または、 B. pinnatum )も Kalanchoe に属しめて K. pinnatum Pers. を当てている人もある。Swingle 氏もそうである。原産地はこの報文で分かったが、 Bryophyllum daigremontianum なる学名は何に原記載があるのかは未だ小生には不明である。

「せいろんべんけい」もその葉の欠刻に新苗を生じ、これから新個体を得ることができるので従来有名である。しかしこれは葉を幹から離さねば種苗を得られぬ。あるいは幹につけたままで新苗を得ようとする場合は、ある処理を加えぬと新苗は発育しない。しかるに「しころべんけい」の方は適当の湿気さえあれば、子はおろか、上記のように孫までも、容易に幹についたままの葉に作る。そして母子三代がたちまちのうちにそろってしまう。

一九二八年に世界に紹介され、日本には昭和六年に輸入されたという新しい植物で、原産地はマダガスカルと判った。


※しころべんけい(錣弁慶)の「しころ」とは兜に付属し、首まわりの前後左右に垂れさがる「眉庇(まびさし)」のこと


このブログの人気の投稿

横浜の「ガーデン山」にその名を残す横浜ガーデン主と伴田家との関係

大正12年12月20日(木)、有楽町駅すぐ(日比谷側)埼玉銀行の地下にて、高級園芸市場が営業を開始 すぐにスバル座あたりに移る

昭和9年11月、野菜の話  東京市場に集まる蔬菜の、とくに高級品全般についての総合的な研究談を聞く 小笠原の話題が興味深い