名古屋系の葉牡丹は愛知県の「海部(あま)郡」富田村伏屋で発見されたキャベツの変種が名古屋市南区高畑町で育成され全国に広がっていった
『実際園芸』第14巻2号 昭和8年2月号
※欧州原産のハボタンの我が国への渡来については江戸時代の中期から記録が残っている。磯野直秀「明治前園芸植物渡来年表」2007では、『地錦抄附録』(諸葛菜)1704~15、『書言字考節用集』1717、『本草図譜』1778、『草木弄葩抄』1735、『本草図譜』1778に表記がある。
石井『園芸大辞典』1953では『草木正正偽』1778が初出と記す。欧州原産でオランダや中国から渡来したと思われる。
昭和時代には美葉の系統が作出された。大きく「東京はぼたん」と「名古屋はぼたん(五色はぼたん)」の系統に分けられる(石井)。名古屋系は葉にちりめん性にあり、基本の白、紫のほかにいろいろな色が見られるので五色葉牡丹と呼ぶ。ちりめん性はケールとの交雑の結果であると考えられているという。
以下の記事では、名古屋での葉牡丹栽培の沿革が詳しく語られ、昭和7年頃の栽培の実際が記録されている。
海部郡富田村伏屋は、現在、名古屋市中川区富田(とみだ)町伏屋(ふしや)となっている。
※この当時、農家は葉牡丹を「立毛(たちげ)」=まだ畑にあって、作物が収穫される前の状態=で仲買に販売し、荷造りや輸送は、この仲買が請け負っている。こうしたシステムはほかの作物にも見られるのだろうか。非常に興味深い。
※『愛知県園芸発達史』1981 p1034 では以下のような記述がある。(「実際園芸」の記事(60万本以上出荷)より4年前にすでに30万本出荷していた。)
《名古屋市中川区高畑町では、特産の名古屋ちりめん葉牡丹の栽培が多く、鈴木竹次郎氏(1930)によると、昭和4年(1929)には高畑町100余戸の全農家で30万本が生産され名古屋五色葉牡丹栽培組合をつくり、名古屋市及びその周辺都市はもちろん、京浜、京阪神、静岡、北陸、九州など全国各地に出荷していた。》
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名古屋地方に於ける葉牡丹の栽培
名古屋市農会技手
三輪幾三郎
はしがき
由来花卉にしろ、蔬菜にしても、特産地として認められつつある地方は、四囲の状勢とか、特別なる気候とか、或はまた特殊事情依る環境に支配され、到底他の追従し得ざる強味を以て、命目を保ちつつあるが、名古屋地方の葉牡丹の如きは、これら地勢、気候等に支配されずとも幸いに、未だ多くの競争栽培地の、現出を見ず、天下独歩の領域を侵されずに今日なお赫々たる、地位を占めつつある感がある。今名古屋地方に於ける葉牡丹の栽培について述べることにする。
栽培現況
葉牡丹の栽培は、近年名古屋に於てもその面積、栽培本数ともに著しく増加を見るに至ったが、これは冬作物として葉牡丹の栽培ほど収入の上がる作物の見当たらざる事が、最も大なる原因で、現在まで最も収入の多かった年は、昭和二年の一反歩当たり三百五十円以上四百円の粗収がレコードである。
本年の(昭和七年)栽培総反別は、主産地とされる名古屋市南区高畑町の約八町歩、および隣接せる中郷、荒子、万町および小本の各町合わし、約三町歩、他に名古屋市内に散在する、葉牡丹栽培地を加うれば、大略十三町歩余と推算され、その生産数量は、優に六十万本以上と思考されるのである。
次に 昨今に於ける葉牡丹の販路方面は、名古屋市内および県下各地はもちろん、県外出荷として、東京、横浜の五割、阪神地方の三割、その他新潟、金沢、遠く九州、北海道、台湾、大連方面、ほとんど全国的に、供給しつつある現況である。
栽培の沿革
葉牡丹なる名称は、いつの頃より呼ばれたるものか不明なるも、甘藍の一呼称とし、葉牡丹と名せられたる事あるが、おそらく葉牡丹の名称は、甘藍より出たるものと考察される。現に名古屋に於て、六十余年前、今の海部(あま)郡富田村伏屋の蔬菜栽培熱心家が、北海道より甘藍の種子を取り寄せ、播種したる中より、特に色彩の異なりたる一株を発見し、これを吾が名古屋市南区高畑町の奥村弥六氏乞い受け、当初珍品とし、僅かに二、三人にて繁殖保存せるが、現在烏(からす)あるいは黒(くろ)と呼ばれる葉牡丹に相当するものにて、この頃に於ては、販売の如きは思いも依らず、ただ乞わるるまま少量の分与を続け、時には栽培せるものの処分に窮し、夜陰ひそかに埋没したる如き事実ありたるほどなり。
この烏(からす)と称する葉牡丹は、甘藍と同一形態を備え、ちょうど小形甘藍のような形で、葉は黒紫で多少球(きゅう)を結び、縮葉(ちじみば)を全然見ざるものである。その後現在葉牡丹という、美麗あたかも牡丹花を思わせる新種が、烏葉牡丹中より、偶然変異の結果、一変種として現れ、多年これが改良淘汰を為したるものなり。
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収穫
斯くして十二月に至れば、冷涼寒気増すごとに色彩は鮮やかになり、販売を待つのみである。
販売
販売の方法は圃場で立毛(たちげ)のまま売買するのと、栽培者自身が適当に根株を藁にて包むか、あるいはまた鉢植えとして販売する。普通大量栽培したる場合は、到底生産者自ら全部販売処分しつくす事が出来ぬから、仲買商人に立毛で売買する。本年は採種期に旱魃と蚜虫(アブラムシ)の被害激甚で、自家の播種予定量の三分の一も採種出来ず、ために昨年の古種子または母本のいかがわしきものより採取したるものを蒔き付けたる結果、作柄は例年になく悪しかりしも、優良品少なき関係で、一畝歩約四百五十本内外の上等畑にて約二十円、五百本位の中等畑にて十六、七円、下等畑の六百本以上植え込みあるものならば一五円位の相場にて仕切られたる状況である。この相場は植付け本数と栽培品の良否に依り決定せられ、大体植付け本数の一割を「込みもの」として仲買商人の余沢(※あらかじめ価格に盛り込んで与える分)となるが慣例とされている。以上のように立毛にて売買せられたる葉牡丹は、ほとんど県外各都市に向け、仲買商人の手に依り発荷(はっか)せられるが、その荷造り方法は、まず畑地にて根こぎしたるを、鍬の柄にて土をたたき落とし、約一時間くらい放置し、葉の部分が藁にて縛り得る程度の時、大中小および優品、劣品選別し、根の方を内側に、葉の部分を外側に揃え、優等品四十本、一等品六十本、二等品八十本、三等品百本ないし百二十本位の菰包(こもづつみ)とし、三ヶ所緊縛し、発送する。
価格
本年度に於ける、大体の標準価格は、生産品に優良なるもの少なかりしため、例年に比して相当高価に販売されたるが、次に示す如くである。
優等品 一〇〇本 八円
一等品 一〇〇本 六円
二等品 一〇〇本 四円
三等品 一〇〇本 二円
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