湯浅四郎氏の「東京農産商会」蒲田農場の写真 昭和4、5年ころ 実際園芸誌掲載の広告から


 

『実際園芸』第8巻2号 1930(昭和5)年2月号に掲載の広告 東京農産商会、東光ナーセリー(伊藤東一氏)、不休園(磯村謙蔵/大田花き磯村信夫社長の祖父)



タカサゴユリ、栽培方法の広告
伊藤東一氏が鈴木吉五郎氏のところで見て播種から開花までの短さに興味を持ち、かつて仕事をしていた原生地・台湾から種子を取り寄せ殖やした。
当時、たいへんに高価に取引されたという。(『世田谷の園芸を築いた人々」)








このブログの人気の投稿

東京は花の都! 周辺十里はすべて花の産地です  大正2年の東京の花事情 『新公論』に掲載の記事

泉鏡花の忘れ得ぬ花体験 枯れても惜しくて2階から散華した

明治34(1901)年、ロンドンでツムラトウイチ(山中商会)という人物により日本の盆栽を詳しく紹介する講演が行われていた。