映える巨大温室 宝塚植物園の顔となる新しい大温室の全貌 1930(昭和5)年  大屋霊城博士の設計

 

長い間、宝塚植物園の顔となった大温室。前年の昭和4年夏頃から工事が行われていた。

『実際園芸』第8巻2号 1930(昭和5)年2月号



大屋霊城博士は、大阪を中心に造園や都市計画の分野で活躍された

日本都市計画学会のサイトから PDFファイル

https://www.cpij.or.jp/com/50+100/his/ooya.pdf

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