昭和12年、趣味で作った草花で儲けた話 古い時代の「切り出し屋」を彷彿とさせるエピソード
※読者から、自己の体験を募集する記事がある。いわゆる懸賞論文の募集である。
手持ちの資料から、どのような募集だったのか、垣間見れる記事を発見したので、下記に記してみる。
このような企画に応募し、佳作となったものが後述する、自宅の畑で花を育ててみたら、花屋がぜひ切らせてくれとやってきて、思いもかけぬ利益となった、という体験談である。
この記事には、古い時代の「切り出し屋」の実態がそのままに描かれていてとても興味深い。昭和12年の記事であるが、花の需要に対して供給が少なかった時期があった、ということも注意深く読む必要があると思う。
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愛読者各位への懸賞課題 (『実際園芸』第22巻6号 昭和12年6月号)
一、園芸で儲けた実話
果物栽培でも、花作りでも蔬菜作りでもよいから思いがけなく、利益をあげた実例について栽培法から販売、収支計算等に至るまで、ありのままを御発表願います。例えば、グラヂオラスを作って一反歩で何百円あげたとか、蔬柴で儲けたとか蘭であたったとか、偽りのない体験を御発表願います。四百字詰原稿用紙で十五枚乃至二十枚、写真五葉以上添付のこと。
一 等 三十円 一名
二 等 二十円 一名
三 等 六ヶ月分本誌購読券 五名
二、思いがけなくよく出来た経験
この方は主に趣味の園芸に於て、今まで一般に非常に作りにくいとされていたものが、人の気づかない方法で栽培に成功した秘伝の公開を求めます。洋蘭の栽培でも花付のわるいものに花を沢山に着けたことか、接木、挿木のことでも、これはと言われる方法を公開願います。
四百字詰十五枚以内、写真五葉添付のこと。
一 等 二十円 一名
二 等 十五円 一名
三 等 三ヶ月本誌購読券 五名
〆切、八月十五日(九月号より発表の予定)
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佳作
趣味で作った草花で儲けた話
広島 三好義孝
園芸に趣味をもつ者は、誠に幸福である。園芸に趣味ある者には、色々の利益がある。利益といってもただ金銭のみを言うのではない、例えば自分は幼少の時から、此の方面に趣味を持って居り、今でも仕事から帰って着物でも着換え、庭に出て朝顔や、松の盆栽等に水をやるのを楽しみにしている。誠につまらぬ様な事ではあるが、かくする事は、一日中の執務の疲労を忘れ、生き生きした気分を生ずるものである。此の様な事は園芸にいそしむにあらずして、何によりて得られようか。
自分の現在の住居は、町の雑踏を少し離れた、所謂住宅地にある。畠らしいものもあちこちに見える、自分の家の前と横にも、また少しばかりの畠がある。以前はそれにトマトや草花、セロリー等を作っていたのであるが、今年の一月の或日、仕事からの帰りに、途中でバスを降りてブラブラ歩いて、花屋や種子屋等を見ながら、ふと自分が何時も買う種子屋に立ちよると「イキシヤの球根とガーベラの株がある」と言う。之等は今迄『実際園芸』誌上で、よく知って居り、殊にガーベラは去年の七月号にその栽培法もあったので、それを買い求め持ち帰った。そしてイキシヤは一月終り頃に植えつけ、ガーべラは少し早いとは思ったが、彼岸よりも前に植付けた。
間もなく葉が出てぐんぐん伸びた。割合に土地が乾燥地なので、毎日給水してやった。かくしてイキシヤは五月の初頃蕾をつけた。そこでひたすら美しい花の咲く日を待った。それから二三日後であったが或花屋が来てこの花を買わせてくれと頼む。にわかの頼みとて自分にはそんな考えは少しもなく唯自分達の心を慰めんが為に植えたのであったが、花屋が非常に頼み且つ又花があまりに多過ぎるので、全の半分だけ売る事を約束した。ところがその花屋が喜んで話すには、今この花は市場にも少なく、何処にもあまり作って居ない、御宅にあるのを知って以前から買わしていただこうと思っていました。出来れば皆売っていただきたいが無理に御願いした事とてこれだけでも非常にうれしいと言い、明日から切らせてもらうが、金をいくら出そうかと言う。勿論自分には花の相場なんか少しも分らず、且又売る事が目的で作ったのではないからいくらでもよい、と言うと、それでは私が思う様に払って置こ
うと七円置いて行った。
其の花屋が帰るか帰らない中に、又他の花屋が来て、前と同じ様に売ってくれと言うのである。最早半分売ってしまったのだと言うと、それでは残りの半分を売れと言う。之によって現在町には如何に花が無いかを知り、此の花も多くの町の人々を慰める事が出来ればと、残りの半分の又半分をその花屋に売る事を約した。
以前の売値を言うと、此の時期にその値段は安いと言って四円出した。自分は以前の値段でもなお高いと思ったのに、まだ安いとは、その花屋はたいそう嬉しかったのであろう、再三礼を言って、帰って行った。
思いがけなくも十一円の臨時収入、僅か一円足らずの資本に、かくも利益があるものだろうかと思った。その翌日から二人の花屋は、花を切り始め、満開の頃には全部切り終わった。残った花は美しく咲き、自分逹一家の者を慰めてくれた。
六月を半ば過ぎんとする頃、毎日水をやった事がみごと効を奏し、青々と繁った葉の間からガーベラの蕾がニョキニョキと出初め、間もなく八重の真っ赤な花が、スーッと伸びた茎の上方に咲き初めた頃、又以前イキシヤを買って帰った花屋が来て、切り始めた。
出ては咲き、咲けば切る。此の花は切れば後から後から出て来る。花の美を見るのみでなく金が入る。何んと驚いた事には一本が二銭五厘もする。二人の花屋はついていて切る。切る度に一人が五六十銭置いて行く。まだまだ後から後から出て来る。今迄の売上を計算して見ると三十五円にもなっている。値段も以前よりは下って一銭位にもなったが、まだ有望である。
思いもよらぬ此の盛況に、益々園芸に面白みを持つ様になって来た。『実際園芸』も毎月机上に取り寄せて愛読している。園芸専門家には勿論自分の様な者にも大変有益な雑誌である。
ああ、園芸に趣味ある事、誠に幸福な事ではあるまいか。 (終わり)