60年前のシクラメン プラ鉢がない時代の荷造りと出荷の工夫 『シクラメンと鉢物園芸』樗木忠夫1961(昭和36)年
樗木忠夫『シクラメンと鉢物園芸』誠文堂新光社 1961(昭和36)年から
樗木忠夫(おおてき・ただお)
東京農大農学部昭和24年卒、研究室にて育種学を専攻後、現在(当時)、千葉県農林部専門技術員(花き)
昭和36(1961)年初版、昭和41(1966)年に増訂版発行
※三井の戸越農園で19年間活躍され、最後は園長まで務められていた実力者で。千葉県から招聘され農林部の技術員となられた
◎ 出荷と荷作り
栽培地域で出荷時期が異なる 栽培地域の環境条件や需要量などと関連して出荷時期は、栽培地域によって多少異なるが、一般に年末から一二月にかけて狙うのが営利的にはもっともよい。東京近郊では、近県からの輸送園芸の発達によりそれらのものと対抗していくためには、ほとんど年内か一月上旬までの出荷量いかんが経営上にも大きくひびくため、もっぱら目標を、そこにおいて出荷をするようにしている。
東京近郊の地方都市では、その年の出荷状態をよく検討しながら上手に出荷を回転させることが大切で、無理をして早期に出荷するよりも、一~二月を狙って出荷するとか、三~四月の出荷量のへった時期に集中して出荷した方が、経営的によい結果をもたらすこともある。
寒い地方での出荷は、三~四月の春出しが主体となり、ほとんど無暖房で栽培できる暖地では二月が出荷最盛期となる。
要するに需要量に応じて適切な出荷時期がきめられるわけで、それにかなうように栽培管理の調節を入念におこない、出荷体制を上手に作るようにすることがなにより大切である。
○ 出荷に適する仕上げ鉢
東京近郊では非常に高級なものが需要の対象ともなるので、仕上げ鉢の大きさは二〇~二三cm(六~八寸)鉢程度の大鉢ものがかなり多く出荷され取り引きされている。しかし大部分は一四~一六cm(四・五~五寸)鉢のものが需要量がもっとも多い。高級品になると鉢形もやや尻細の腰高素焼き鉢を用いるとか、クリスマスや年末年始の贈答品としての需要量がますますふえてきたため、装飾的に効果のあるきれいな塗り鉢に植えかえて出荷するのもよい方法である。
地方都市からの輸送園芸や中小都市を対象とした出荷の場合には、あまり大鉢ものは消費量がきわめて少ないせいか、東京近郊のものとは逆に一三cm鉢前後の小鉢ものが主体となり、小鉢作りで立派に大きく仕上げたものを出荷するようにした方が、手ごろなものとして需要も多く、確実に採算がとれる。また輸送する場合にも便利で傷みが少なくてすむのである。小鉢作りで良質な仕上げ鉢にするには、むしろ尻太のやや腰の低い素焼き鉢の方が、鉢土の乾きぐあいもおそくてひどく乾燥しないから、上手に栽培管理ができてよい。
いずれの場合でも、かためにがっちりした株で、軟弱に徒長していないことが出荷に適する仕上げ鉢の第一条件であり、ほどよく開花状態をそろえて上手に出荷することである。
○花色と出荷
年末から一~二月にかけては、スカーレット系統やサーモンピンク系統の品種がなんといってももっとも多く出荷されるが、東京近郊では贈答用として紅白対の需要がかなりあるため、早期の出荷にもホワイト系統の品種が大いにのぞまれている。地方都市の消費ではホワイト系統の品種はきわめて少ないから、遅出し用として多少用意しておく程度でよい。一般に営利栽培ではスカーレット系統、サーモンピンク系統を七~八割、ホワイト系統を二~三割の割合で出荷計画をたてて栽培すればよい。需嬰とにらみあおせて中小都市を対象とした地方での栽培では、ホワイト系統をやめてしまうのも一つの方法である。ラッフルド系統や覆輪系統など特種咲きの品種なども、都市近郊では消費者の認識が高まり、その需要は多くなりつつある。 都市近郊では、最近大いに一般消費者の関心が高まり、購入するにも品質は、大いに批判の対象になるものであるから、今後は経営的にも質の競争時代で、良質のものでなければ、その需要に応ずることはできないといってよい。
◎荷作り出荷の方法と手順
○仕上げ鉢
東京近郊での高級品では、出荷鉢をよく水洗いし、花蕾をていねいに京花紙でくるみ、株全体を一鉢ごと新聞紙で包装して荷作りする。地方都市での出荷の場合には、簡単に新聞紙で包装する程度か、まったく包装しないで鉢そのままで出荷する場合も多い。直接小売店に出荷するのが普通で、地方では市場を通して取り引きするところもある。
輸送には小形四輪車の利用がもっとも多く、二段積みに十分積載すれば、一トン車で一六cm鉢三〇〇~四○○鉢が一度に出荷できる。東京近郊では直接小売店の方から引き取りにくる場合も多いが、自家経営の場合ではほとんど各自が車を所有し、経営的にも自家労力で出荷運搬輪送をして合理化をはかっている。最近では車による遠距離輸送も大いに発達し、近県から東京地方にも相当量出荷されている。
十分に新聞紙などで包装した鉢をリンゴ箱などにつめ、箱をつみ重さねれば動揺が少なく。荷傷みもなくてかなり遠距離からでも上手に出荷運搬ができるのである。
地方では中小都市に出荷の場合に電車汽車などを利用し、竹カゴなどにぎっしりつめて運搬可能な最大限の量を、各自が持参輸送して取り引きする方法も活用されている。
○切り花
切り花としての水もちが非常によいから需要もふえている。早春にかけて開花数がふえてきた株のものから、開花二~三日めぐらいのものを少しねじるようにして球根からひきぬけばよい。花梗の途中から切りとったものは水あげが悪いから出荷では不適当である。
なるべく色別にし、大きさの順にわけて一束一〇~二〇本にする。束ねる時、シクラメンの葉などを三~四枚そえて出荷するのもよい方法である。一束ごとに花は京花紙でつつみ、新聞紙などで包装し、ボール箱などに入れて市場に出荷すればよい。あまりほかのものとつみ重ねると、花がひどく傷むから十分注意して出荷運搬する。
◎栽培家の実例
磐城植物園(福島県)……中小都市を目標に積極的に出荷販売するため、出荷時間には、雇用労力も使って電車、汽車を利用して持参運搬による出荷に主力をそそいでいる。新聞紙でに包装したものを、竹カゴに入れて運搬する。早春出しが主体で、一四cm鉢が大部分である。
稲亀農園(東京都)……一四cm鉢程度が多く、低温室栽培のため二~三月出しを目標としている。新聞紙で包装する程度で、出荷の大半は、自家労力による車輸送に出荷している。小型四輪一トン車で三段積みにすれば、五〇〇~六〇〇鉢は積載できる。
戸越農園(東京都)……高級品を多く扱うため出荷にもかなり労力をかけ、鉢をよく水洗いし、花を京花紙でつつみ、新聞紙で包装する。一六cm鉢程度のものが主体で、一~二割は二〇cm鉢前後の大鉢ものを出荷している。とくに年末から一月にかけての出荷に主力をそそいでいる.三月下旬には一回移植した実生中苗の出荷、七月下旬には種子の出荷をいくらかおこなっている。切り化の出荷は、早春にかけて四~五回市場に出荷しており、かなりよい相場で取り引きされている。
岩本農園(静岡県)……一四~一六cm鉢のものが大部分で.中小都市への出荷販売とともに、東京地区にも直接小売店と契約して出荷している。この場合は汽車を利用し、新聞紙で包装した鉢を竹カゴに入れて、一人で一六cm鉢を一五~一六鉢ほど一回で上手に運搬しているのである。
鷹見シクラメン園(岐阜県)……種苗生産が主体である。実生小苗は播種したままのもので、二月下旬から三月中旬にかけて出荷する。五〇本一束として根の部分をミズゴケでつつみ、新聞紙で包装し、リンゴ箱につめて輸送する。苗が動揺しないように、そえ木をうちつけておく。一二cm鉢程度の株は実生大苗として一〇月上旬に出荷する。この場合、根の部分はことさらミズゴケを用いないで厚紙だけでくるみ、さらに全体を新聞紙で包装する。リンゴ箱に交互に上手につめあわせれば、四〇~五〇株ははいる。そえ木して苗が動揺しないようにし、箱のふたはすきまをおけて通風がよいようにしておく。
榎シクラメン園(岐阜県)……二月下旬より三月にかけて、実生小苗を出荷輸送する。細長い平木箱を利用して苗が、動揺しないように配列して、荷作りをし、輸送による苗の傷みを少しでも防ぐようにくふうしている。九月下旬から一〇月中旬にかけて実生大苗と休眠球の出荷輸送をおこなう。大苗は根がよくはっているから、鉢から抜いて根の部分を厚紙でまき、新聞紙で全体を包装する。大株で石油箱に三〇株つめる。
鎌田農園(香川県)……出荷最盛期は二月で早期出荷を今後の目標として努力している。一三cm鉢内外の小鉢作りが大部分で、新聞紙の包装などは全然しないで出荷している。一三cm鉢が三五鉢はいるスノコ状の特定の輸送用の大箱(1m×0.6×0.5) に入れて、船便でもっばら阪神地区に向けて出荷している。船便であるため荷傷みもほとんどなく、運賃も安くて経営的にもひきある。種苗の出荷も多くおこなっている。
二香園(愛媛県)……一三cm鉢の二~三月出し直接小売店との取り引きが主で、輸送出荷には労力をかけなくてすむ。
奈良県橿原市、桜井市近郊……最近、温室栽培によるものもふえてきたが、大部分はフレーム栽培のもので、一二~一三cm鉢で、二~三月が出荷の最盛期である。電車、汽車による独得の行商販売で、卸販売も一部おこなわれているが、大部分が小売販売をしている。電車、汽車の利用には行商上の特殊契約ができている。七〇×五〇×一五cm程度の竹カゴに一三cm鉢を三〇鉢ぐらいつめこみ、多いときは、おのおの二段に重ねて天秤でかついで行商するのである。一人でシクラメンや各種の草花鉢物を一度に一七〇~二〇〇鉢(八~一三cm鉢)は運搬可能で、生産者ごとに販売区域が形成されている。北海道などの遠隔地には、竹カゴにつめたものをつみ取ねて、貨車を貸切り、荷を輸送しておいてから行商をおこなうようにしている。