関東大震災を契機に、はっきりとわかったことは「花はパンについで人間の生活に必要欠くべからざるものである」こと 森田喜平氏のことば

 『実際園芸』第4巻2号 昭和3(1928)年2月号 



東京を中心としたる 温室の発達と生産品の調査

二項園 森田喜平


趣味から実用有位に進歩した温室園芸


 最近の温室園芸界を観まして著しく感じられますことは、従来の趣味本位のものから脱却して、漸く実用本位のものになりつつあります。今日から十年から十五年前までは、東京付近の温室総面積が漸く二三千坪位に過ぎなかったものであります。それが今日のような進歩発達を遂げました事について、この進歩の道程をたどって見ますと、最初は新宿御苑のいわゆる御苑風のものが土台となり、明治三十年から四十年代は趣味本位の温室園芸が全盛時代でありました。この頃でも実用本位の園芸温室の営業温室はありましたが、その数(すう)から云っても、またその生産物の品質から云っても、到底趣味温室の足下にも及びつかなかったのであります。その一例を申しますと、明治天皇の時代には、宮中に御宴会などのお催しがありまして、花卉を沢山に御用(おもち)いになる場合でも、一切御苑の生産物によられたもので、いわゆる帝室の自給主義が行なわれたものであります。ところが今日では民間の園芸が進歩発達すると共に、その技術も進歩して有良なる高級花卉蔬菜を作り出すようになり、またその種類物(もの)を作ることも、専門化して来ました結果、今日では帝室で御入用(にゅうよう)の場合には、それぞれの専門栽培家からお買上げになる方が、優良なものを得られるようになって来たのであります。


温室園芸の進歩した分岐点


 このように趣味温室全盛時代から、実用温室の勃興した分岐点は何かと申しますと、それはかの大正十二年の大震災であります。東京を中心として関東の主な都市が殆んど焦土と化し、何物も見られないと云う時に、花卉の売行きが非常に良くなったと云う事は、高級園芸品が、パンについで人間の生活に必要欠くべからざるものであると云うことを、明らかに物語るものと云わねばなりません。

 これと同じような実例は、桑港(サンフランシスコ)の地震の後で花の売行きが非常に良かったと云う話がありますから、文化人にとっては、花はパンについで必要な日用品と考えられるのであります。※サンフランシスコの大地震は1906(明治39)年4月18日に起きた。

 しかしその後一時の好景気と反動として、また財界のパニックの影響を受け、花の価格が下落し、今日では震災後の高価が時の四分の一位になっております。しかしそれでも震災以前よりは花の需要もずっと多くなっており、その品質においても数等優れたものとなって来たのであります。


温室園芸品は優艮で豊産なもの


 温室園芸の進歩につれて、見逃すことの出来ぬ点は、従来温室の生産物は、唯高等なものとか、珍奇なものとか、時期放れのものと云ふような一般感念があったのであるが、元来温室栽培品と云うものは、これを露地のものと比較して、品質が優良なるべきが原則であり、またその収量も多かるべきものである。従って最も有利な栽培法と云わねばならぬ。

 例えばバラの場合でも、温室バラは露地のものよりも花の生産高が多いものであるから、ほかのバラと同じ値で取引されても、温室栽培の方が売上げが多い訳である。トマトでも露地作りのものは、一反歩二千貫から三千貫がレコードであるが、温室で作られる場合はそれの二倍から三倍の収穫を挙げ得られるものであります。

 つまり温室栽培の場合は、自然を支配して、発育期間を延長し生産を挙げるものであるから以前に考えられて居ったように、単に早く出すだけのものとは考えられないのであります。今日の温室園芸家の根本感念は、是等の点を基準とするもので、単にブルジョアーを相手とするだけでなく、一般中産階級を相手とし、相当の需要があるものでありますし、今日の栽培情況では花が安くなって居りますが、作付が増加し温室の建坪も増加して居ります。


最近の温室園芸品の生産高


 これら園芸生産物の量を全体から申しますと、第一に増加したものは、マスクメロンでありまして、三年前東京府の査定によれば約3万余個で、その価額十万円とありましたが、一両年では、その二倍から三倍に上っております。それについで、促成の胡瓜が静岡、神奈川等からおびただしく産出せられ、豊川方面では胡瓜のみを産出する胡瓜村と云うものが出来、胡瓜の生産と販売の組合が設けられております。静岡、神奈川の両県で胡瓜の作付面積が四千坪以上に及んでおります。その他神奈川県二宮在にトマトの生産が多く、寒川や厚木方面では約千坪ばかりのトマト温室があります。なおこの他に抑制用のフレーム栽培のものを加えますと、千葉県から多く産出されるもので、これまた数千坪を算します。その他苺が三保付近から産出され、これも十万円以上に及んでおります。

 花卉ではカーネーションが一番主要なものでありまして、冬から夏を通じて、花きのうちで第一位に位するものであります。その坪数は、東京府下が約二千坪、神奈川富岡方面が二千三百坪、その他本年の作付を全部加算しますと、四千五百坪であります。現在の日本の情況では、カーネーション全盛と云はればなりません。しかし近年になってこのカーネーションを凌ぐようになって来たのは温室薔薇であります。これは世界的の傾向なのでありまして、米国では、十敷年前に、流行の中心がカーネーションからバラに移ったものであります。それが丁度今日の日本の流行状態で、カーネーションからバラ全盛に今や移らんとしつつある傾向を示しつつあります。その結果数年前のカーネーション愛好家は、その嗜好をバラに移しつつあります。現在では、バラの作付坪数は東京府下及びその付近では、千八百坪、静岡市外で千二百坪で合計三千坪であります。

 右の二種の花卉について、小花と呼ばれるもので、勢力のあるのが、スヰートピースであります。これに純然たる温室栽培でなくても出来るものでありますから、低温室(冷温室)や半促成のものもあります。純温室栽培は、神奈川県の富岡その他の地方を加えて、約二千坪に及んで居ります。なおその他の小花類の中で勢力のあるものは、フリージアでありまして、特にフリージアを専門に作る人よりも、殆ど温室を所有するものの全部が、副業的にこの花を作りますので、その作付面積や生産額を性格に知ることは困難でありますが、数十万本に及ぶことと信じます。

 その他日本在来の花である百合の促成もなかなか盛んでありますが、これも坪数が不明で恐らく十数万本を算することと思います。

 その他雑花類として、ルピナス夏菊等も産出が多く、それが東京府下で約一万坪、神奈川、静岡県下で一万坪、合計二万坪であります。


生花市場の取引高


以上は生産者から見た生産高でありますが、これを売買取引する市場について見ますと、最近の一年間の売上高は、日本橋生花市場が八十余万円、高級園芸市場が二十万円、その他千住市場の花市場や、小梅、三田、渋谷、飛鳥山、蒲田等の売上を加えますと、数万円に達しますから、総計が約百五十万円位あるものと考えられます。それ以外に直接御得意先に届けられるものが五十万円位ありますから、合計二百万円位の取引高があるものと見なければなりません。それ等の市場へ産出する温室の総面積は、どの位かと思いますと、東京府下及びその付近が、一万坪で、神奈川県と静岡県で四千七百八十坪、埼玉及び千葉の両県で千五百坪であります。


温室園芸品の品質と価値


 次に品質の方面から観察しますと、マスクメロンは、以前よりも栽培が上手となり、品質も風味も向上して来ました。また従来来夏の栽培が多かったのでありますが、今日では冬の生産も相当に多くなって来ました。また胡瓜やその他の促成花卉の後作として、従来メロンを作り出すものが多かったが、これはメロンの品質を下し、風味の悪い劣等品を市場に出すことになり、メロン全体の声価を下す事になるので、この点については、今後栽培家は大いに覚醒を要するものと云わねばならぬのであります。

 温室作りのトマトが、品質優良なことは一般に認められ、ヴィターミンを含用する事から一段に珍重せられ、各果物店の店頭に年中並べられるようになり、医者も病人の食糧としてこれを奨めるようになって来ました。その結果近年冬でもトマトの需要が多くなりましたが、温室作りのものは、露地作りのものに比べますと、品質が一層よろしいものであります。しかしこれを英米等で生産されるトマトに比較しますと、また進歩がおくれていると云わねばなりません。

 胡瓜のフレーム栽培は、すでに暖地で行なわれておりましたが、最近では温室胡瓜の有利なことが確認されて来ましたので、胡瓜の温室栽培を行なうようになり、胡瓜ばかり作る村が出来るようになりました。その結果、温室胡瓜が一般家庭に使用できる位に安くなって来ました。

 は暖地では戸外(おもて)で出来、殊に静岡県の三保付近のものは、戸外(こがい)産でありますから、温室ものは少ないのでありますが、東京付近ならば、温室や温床(おんどこ)で作っても、相当有利なものと考えられます。


今後有望と考へられる温室花卉



昭和6年の温室ギク 『実際園芸』第11巻8号


 今後どんな温室花卉が有望かと申しますと、カーネーションは、今のところ日本では全盛の花と考えられます。日本人の性癖として花持ちのよいものを好む結果、カーネーションが一番歓迎されるものと思われます。しかし今後温室バラの生産が増加し、その価値が一般に知られる様になりましたら、カーネーション全盛時代から、バラ全盛に優ることと想像されます。現在の所では、温室バラの栽培は初期の時代を脱し漸く第二期の進歩時代に入ったばかりで、今後技術の進歩と共に、需要者の嗜好も向上し、ついにカーネーションを圧倒するものと思われます。

 次に秋の花としての、温室作りの洋菊を見ますと、如何なる花もその足下によれぬように、立派なものであります。此の温室菊は、二三年來漸く作り始めたばかりのもので、今後四五年も経てば、秋の温室花卉では、第一の人気物となる事と想像せられます。

 スヰートピースは、日本の冬の天候がこのはなに適応しておりますので、冬の温室花として、今後益々その栽培が盛んになり、フリージアやヴァイオレットを圧倒し、その他の雑花とも圧倒するようになると思われます。

 春先花を見られる、チューリップやヒヤシンス、水仙、鈴蘭等の今後は益々需要を増加するものと考えられます。

 以上を概括して申上げますと、今後二三百万の東京市民と、その他の都市の人々を相手にして、現在の勢いで栽培面積を増加して行きますと遠からず供給過多となりますから、面積の増加は、早晩行き詰まるものと云わねばなりません。これは英、米等の例を見ましても、同様でありまして、アメリカ等では、平日の花は値が安くて、クリスマスとかイースターには高くなるのでありますから、我が国でも生産の増加につれて、花の値は下がるものと見なければなりませんが、今後は生産量よりも、生産の品質や品種、栽培技術の競争になる訳で、今後数年たてばいよいよ競争の本舞台に入るものであります。云い換えればこの一両年から漸く素人離れのした温室物が出来始めたとも云われる訳でありまして、今後一層の努力が必要なのであります。

 それで今後は、洋風の花卉や蔬菜の栽培が進歩し、優良なものが一般に作り出せるようになって、すべてが完成したらば、日本在来の植物を温室園芸品として、改良に着手するようになると思います。在来の百合や椿、その他を改良し、本統に立派な温室園芸品として恥ずかしくないものが、作り出される時代が来ることと思われるのであります。

 以上温室の面積や種類別などは最近に各地を巡回して調べた人からの話であります。

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