メロンで有名な五島八左衛門氏による温室経営の解説 年三作のローテーションをどうするか 東京・地方の事情
『最新温室園芸 建て方・暖房・栽培』
石井勇義/編 1935年7月 金正堂
※五島八左衛門氏(ごしま・はちざえもん)は、福羽逸人氏時代の新宿御苑に長年奉職し、その後イギリスにて園芸を学んで帰朝、大磯の池田農園(池田成功氏経営)にて温室植物のエキスパートして活躍した。とくにわが国のメロン栽培については第一人者とされている。
金のなる木は水では生きぬ 汗をやらねば枯れてゆく (『実験メロン栽培』1935)
営利栽培に於ける 温室運用の実例
池田農園 五島八左衛門
注目を要する温室業界
今より廿五年以前に於ける吾国の温室園芸は家庭的・娯楽的温室園芸の域を越えなかったのであるが、一般社会の生活程度の向上に伴い需要に著しい増加を来し、大正七年頃の好景気時代には営利的に温室を經営する人が多数現れて、今日我々が見るが如き、農業の一大分野としての温室産業を形成するに至ったのである。
之加(しかも)昨今の農村の不況は資力ある一般農家を謳って副業的に温室を経営せしめるに至り、温室園芸はかかる方面にも益々発展の気運にある。
従って一産業としての現在の温室園芸は他の一般産業と同じくその栽培技術んに於ても亦栽培植物に於ても年に月に変化しており、昨年栽培して利益を挙げ得たものが必ずしも今年栽培して利益し得られるのではなく、それらの点に就いては経営者は余程頭脳を鋭敏に働かせて経営するのでなければ、恐らく現在の不況時代を切り抜けるて進むことは不可であろうと考えられる。それ故に以下述べる事柄は先づ現今の一般温室園芸の動静に関してであって、次いで、温室経営者は如何なる地域の者は、大体どんな種類の作物を何んな風に栽培して行ったら、大体営利的に温室栽培が経営出来るかと云う様な事柄であって、筆者が行って来た調査を土台にして述べようと思うのである。また各地の温室業者から「自分の所で今どんなものを栽培したら利益が挙げられるだろうか」と云う相談を書面その他で相当持ちかけられるのであるが、夫等の点で悩んでいられる栽培者のためにこの一文が何等かの御参考になれば幸と思う。
生産地域の拡大
交通機関の発達した今日では比較的輸送が困難視されていた園芸生産品が、販売機関の向上に伴って遠隔の地からも容易に輸送せられる様になったこと、も一つには一般農家が副業的に温室経営に着目して来たために、従来までは大都市附近に限られていた温室ものの生産地域が年々拡大しつつある事とは最も注目すべきことである。即ち従来は大都市近郊からのみ供給されていた生産品が、段々に遠隔の地からも当該都市に向って供給されると云う傾向が著しくなって来たのである。
この傾向は当然最近短年月の間に、大都市近郊に発展した温室経営者に一大恐慌をもたらして、従来の園芸作物を作ったのでは到底経営が不可能になって来たのである。つまり大都市近郊での専業的栽培には地代、人件費その他に多額の費用を要するのであるが、比較的文化水準の低い地方の農村では人件費その他がズット低廉である。それ故気候に恵まれた地では例令輸送費、荷傷み等で多少の不利はあるにしても、ゆうに大都市近郊の専業的生産者に対抗し得るに至ったのである。この傾向の具体的な現れは、花卉にしろ蔬菜にしろ果実にしろ、明瞭に見られるのであって、同一の園芸品の生産地は年と共に大都市から遠隔の地方に移りつつあって、例えば二三年前までは東京温室村の重要な生産品の一つであったスヰートピーは、今年は全く同地では見られなくなって、主として神奈川県下から供給されているし、また最近まで京阪市場に独占的であった静岡県産の胡瓜は、現在では高知県の産ものに圧倒される状態にある。
また二三年前までは月一回の定期航路だったために市場の地位を制限されていた小笠原産のトマトは、現在では週一回の定期航路が開かれたために、著しく市場に於ける地位を高めて来た等々である。
蔬菜生産地の移動
胡瓜、茄子、トマト等蔬菜類の温室生産品は現在でこそ園芸生産品中の重要な一部類となっているが、これの最初は新宿御苑出身の古賀、井上両氏等が、世田ヶ谷の砲兵連隊から出る醸熱物を利用して御苑で習得せるフレーム栽培をしたのに始り、その頃は勿論僅かに東京市内の一、二の高級青果商に販売された程度であった。次いでこの中の胡瓜が温暖な房州及び三浦方面で栽培される様になったのであったが、やがて静岡の浜松方面から温室物が沢山に東京市場に出荷される様になったために、房州、三浦方面からは胡瓜が影をひそめるに至った。
浜松附近は気候が相常に温暖なので九月に播種した胡瓜は十一月から一月にかけて収穫出来て、また後作として一二月に播いたものは三月から収穫が始まるので、この二作目の胡瓜を東京に出荷し得る点で最近までは著しく有利であったが、現在では三月四月には高知産の胡瓜が盛んに東京に現れる様になったので、相州方面から四月頃に出ていた露地胡瓜も、また浜松方面の温室胡瓜も、高知もののために押され気味となり、今では何か胡瓜に代るべき作物をと、之等の地方の栽培家は考慮し始めている状態である。
次にメロンであるが、メロンも矢張一二年前から地方からの出荷が目立って増加して来ているが、それまでは殆ど東京では、近郊から出荷される品に限られていたのであるが、胡瓜にのみ手頼り得なくなった浜松方面で、胡瓜の後作としてのメロン栽培が非常に盛んになって来ているし、山梨、福島方面からの入荷も相当にあり、高知でも進歩的な栽培家の間ではボツボツ温室メロンに目を着けている人がある位で、これまた生産地が段々に気候に恵まれた遠隔の地へと移りつつある。だが現在の所では東京近郊及び神奈川県下のメロンは、味に於て地方物よりも遙かに 優れている為に、地方ものに対抗し得るのであるが、これも要するに期日の問題で、地方栽培家の技術が進んで来れば、当然地方から安価に提 供される良質のメロンに押さるべき運命にあるわけである。
切花生産地の移動
神奈川県下のメロン、胡瓜が前述の如き状態にあるので、神奈川県下殊に高座郡、ニノ宮、富岡方面ではスヰートピーの栽培が非常に盛んになったために、東京近郊の温室村に於てはスヰートピーの栽培が見られなくなり、専らカーネイション、一部にはバラの栽培を見る状態になった。然しこのカーネイションの如きも比較的輸送の容易な品であって、やがて、地方の栽培に移り得る可能性が多分にあるから、近きうちには、東京近郊の栽培家は、主として遠隔地から輸送の困難な鉢物栽培を行う様になり、次いで神奈川県、千葉県、埼玉県等の地方では、スヰートピー、カーネイション、球根類の促成、及び盆を日常にしたメロン等が主要な作物となって、一般のメロン、温室葡萄、トマト、胡瓜、茄子等の輸送の容易な種類のものは、今後益々遠隔地の栽培家の手に移ってゆくことと思われるのである。
以上の事実より見ても明かな様に、現在営業として温室経営を行う人々にとっては、この様な急激な変化に対して常に注意を怠らぬことが肝心であって、如何に優れた栽培技術を有するからと云って、この様な斯界の変動を無視していたらば、必ず失敗を喫するに相違ないのである。またも一つ此処で注意しておきたいのはその土地を考えて栽培作物を選択することである。即ち余りに市場の方面にのみ注意が向けられ過ぎた結果、何でも市場で有利に取引されることばかりを考えて、自分が現在栽培に従事している土地の気候、土質を考えずに作物を決定することは著しく不利益なことであって、事実或種類の鉢物が有利であると云う様な場合でも、少し賢明に頭脳を働かせるならば、その中から最も自分の栽培地に適当な作物を選択する様になるもので、有利なものの中から、自分の土地に適したものを選ぶと云うことがこれからの温室経営者の目を付けるべき最も重要な点であると思う。
鉢物需要の傾向
鉢物の戟培が大都市付近の重要な作物になってゆくであろう、と云うことは前述の通りであるが、最近の鉢物の需要の上に見られる傾向で、需要者の目が非常に肥えて来た点に就いては栽培家は注意しなけれぱならないと思う。
即ち数年前までは鉢物としては球根ベゴニア、ベゴニア・グロアードローレイン、サイネリア、プリムラ・シネンシス等が高級鉢物として常に高価に取引された時代であったが、最近では、性質が強健で永持ちのする物と云う様な、実用上の性質をよく需要者が理解しているので、花を維持するために高湿を要するグロアードや、比較的短期間しか観賞の出来ない球根ベゴニア、大輪シネラリア等の需要が著しく制限されて来て、それに代って取扱いが簡単で観賞期間の永いサイクラメンの如きものが、甚だしく需要を増大して来ている。またその他アザレア、ハイドランヂア等も多く歓迎されているが、夏物としてアヂアンタム、フェニックス、ドラセナ、クロトン、ベゴニア・レックス、ゴムの木等の葉物も近年需要の増加している鉢物である。
東京近郊に於ける温室運用の一例
以下次に一、東京近郊、二、東京近県、三、少しく隔った県等に於ける各々現在適当と思われる温室運用の実際を示して、読者の御参考に供しようと思うのであるが、温室は三十坪のもの一棟を基準にした。温室の建設費は周囲の事情により一様ならず、左記の標準規格は東京附近を主として、相当綿密に調査せるものなる事を御了察を乞う。即ち
温室建坪…………………三〇坪
温室建設費……………七五〇円
暖房装置費……………三〇〇円
であって、大体この地域では鉢物栽培を主とするものとして、サイクラメン、百合(又はフリージア)、クロトン、ドラセナ、羊歯類その他の夏の観葉植物を主として栽培した場合である。またこれに従っての栽培には、シクラメンの苗球の育成その他に、三十坪の温室以外にフレームをも補足的に使用した。
第一作物サイクラメン
栽培品種 サイクラメンの栽培を始めるに当って最初種子の入手であるが、営利的に栽培するには、是非とも多少高価でも質の良いものを入手しなければならない。今日のものは二三年前まで市場に現れていたものに比べれば花色の点でも、花の大さの点でも一段と相異があるのであるから、在来の劣ったものを作っていたのでは決して利益を挙げることは不可能である。それ故ドイツ、アメリカ等の専門的種苗商から入手するか、或は内地の信用の置ける種苗商から入手する必要がある。種類としてはロココ、パピリオ等は需要が限られている故にパーシカムの普通花型のものがよい。色彩は鮭肉色四、桃色二、薄桃色二、白一、濃紅一等の割合で、片寄った色は玄人眼には良くとも一般向ではないから控え目に作ること、一例として現在比較的市場価格の高い種類を示せば次の通りである。
クリスマス・レツド(X'mas Red)…濃赤色。
ローズ・オブ・ツェーレンドルフ(Rose of Zehlendorf)…濃桃色。
ピンク・オブ・ツェーレンドルフ(Pink of Zehlendorf)…薄桃色。、
ブライト・レツド(Bright Red)…鮮赤色。
ローズ・オブ・マリエンタル(Rose of Mariental)…濃桃色。
ボンファイアー(Bonfire)…鮭肉色。
アメリカン・インプルーブド(American Improved)…鮭肉色。
スワンレー・ホワイト(Swanley White)
播種
播種期は九月下旬、播土は粘質性の壌土に牛糞を一割、川砂を一割加えたもので、これを桃箱に盛って種子を五分角位に仕切った処に一粒宛並べて一、二分の覆土をすればよい。そしてこの桃箱にはガラス板を覆って左右細目の如露で絶対に乾燥せしめないと云うことが大切である。
また強い日光を遮るために新聞紙をガラス面に当てるのも効果がある。この播種した桃箱はフレームの内でも或は温室内でも、日当りのよい場所に置く様にする。こうしておいたものは、三週間乃至四週間経過すれば発芽して来る。
培養の大略
サイクラメンは殊に幼苗の時代はネマトーダの着き易いものであるから、用いる土は一旦釜で一〇〇度に熱するか、ホドゾール液を土に注いで殺菌したものを用いるのがよく、このホドゾールの使用は未だ広く行われてはいないが、密閉した場所で、土中に捧で穴を掘って、この液を石油箱に充満せる養土に対し半ポンド位注入し十日間前後放置し、後天日に広げて充分に乾燥せしめ、薬剤を蒸散せしめるのがよい。前述の様にして桃箱で発芽したものは、そのまま温室の隅またはフレームに持込んで翌年の三四月まで置いて、球が大豆大、葉が三四枚になった時に二寸五分鉢に植出すのである。二十坪の温室に大体一〇〇〇鉢仕立てるのであるから種子は一五○○粒播く必要があり、これが全部発芽したとするとこの二寸五分鉢は一五○○個要するわけである。用土は前述の播土と同様のものに〆粕、菜種粕を混和して腐熟せしめておいたもので、これを五分目で篩ってから前述の如く殺菌するのがよい。小鉢に植込む場合には球根が隠れる程度に植込むのがよく、球根を半分程土壌から出して植込んだり、または深目に植込んだりするのは共に不可である。これをフレームに持込んで、日中は覆を除いて光線にもよく当て、通風をも計り、スリップやスパイダーを防ぐ上に茎水を与えることも大切である。そして五月下旬乃至六月上旬には三寸五分鉢に取る。矢張り前と同様の土を用いて、以後フレームに置くのであるが、夏期は框を持上げ、障子は框より三四尺上方に水平に置いて(竹で棚を作り)雨水を防ぐ様にする。九月上中旬に最後の五寸鉢に取るのであるが、この時は球を土面に半分位現す事を忘れてはならない。用土には牛糞を少し多目に加へるのである。そしてこの時は用土の量が相当多いので殺虫は行わなくともよいが、その替り鉢の下には石炭殻を敷くことを御勧めする。そして更にその上に石灰や煤煙等を撒布しておけば、ネマトーダの着生は大抵防げるのである。
温室搬入
クリスマスに花を出すためには十一月上旬頃から温室へ持込めば丁度よいのであるが、早く持込むと葉が伸び易いから、斯る際は極力窓を充分開いて葉柄を伸さぬ様に心掛ける。これがサイクラメン栽培の最も肝要なる点である。
温室内での温度は夜間は四〇度乃至五○度程度とし、肥料としては時々油粕〆粕等の水肥を与え、 蚜虫(あぶらむし)、スリップ等の害虫の駆除には、二コヒュームパウダー或はサイアノガスの燻蒸を行う。薬液の撒布は葉に充分に掛らないし、また葉軸に薬液が溜った場合、往々腐敗を生ずることがあるから避ける方がよい。
第二作物--(イ)、百合
シクラメンを第一作物とした場合、次いで百合を第二作として作るか或はフリージアを作るかであるが、先づ百合として述べて見ることとしよう
種類と球根の植付
後掲の状支表には便宜上金武扇(※キンブセン/ユリ品種)として出しておいたが、栽培上から云うと百合を作る場合にも「金武扇」ならこのもの一種類のものを作る方が良いものが作られるけれども、販売を考慮して、黄透、紅透、樺透、毛百合等を適宜按配して作るのが有利である。 球根の植付は九月から十月上旬迄に五寸鉢に四球宛の球根を植込むのである。球根の深さは球の高さだけあれば充分である。
土は荒木田土の如き粘質壌土が適當で、メロンを作る場合にはメロンの古土に〆粕、菜種粕、牛糞等を混合して用うれば充分である。
栽培
鉢に植終ったものは露地に花壇型に鉢の高さだけの溝を掘り、これに鉢を並べ、上から土を覆ひ、充分に灌水して表面には筵の如きを覆って、乾燥を防ぐようにする場合は半日陰程度の所が良い。これをそのまま十二月上旬乃至中旬まで露地に置いて、温室の棚下に運び込むのである。この時はまだ棚上にはサイクラメンが置かれてあるが、一月下旬にはサイクラメンも大分片付いて棚が空いて、百合の芽は発育し始めるからボツボツ棚上に出し始め、京葉が伸びるに従って施肥し、灌水を怠らぬ様注意してゆく。百合類は乾燥を特に嫌う性質があるから乾かぬ様。そして二月中下旬室内温度は夜間五〇度乃至五五度、昼間七〇乃至八〇度が適当でそれ以上の高温は草を軟弱にして品質を下落せしめ、甚だしい時は蕾が萎凋するおそれがある。鉢物又は切花として出荷するのであるが。花を採る際には剪り、よりも花茎を引き抜く方がよい。つまりそうした方が草丈が高くなって市場価値が高いからである。花を採る時期は一両日中に開花せんとする時で、この時が花弁の損傷率が最も少いのである。荷造は普通三輪、二輪、一輪と各部類別けして、十本宛束ねるのである。
百合類の促成法としては、前に一旦球根を冷蔵して、十一月頃から出荷する方法もあり、時に巨利を得る場合もあるが、一面失敗も多いので前述の方法を掲げることにした。病虫害としては先づ球根購入の際安全な良球を求めること、及び植込後の 蚜虫(あぶらむし)の発生に対してはチン燻蒸を行う様にするのである。
第二作物――(口)、フリージア
フリージアは第二作物としで百合の替りに作る場合で、前掲の百合を作らない場合として示すものである。
種類、球根の植込
フリージアは促成球根類中最も低温で栽培の出来る作物である。普通促成用としてはレフラクタ・アルパ( reflacta alba)種が用いられているが、他にピューリティー(purity)、チャンプマニー(mpmanniママ)等も、色物のも少最栽培するならば有利であるが、多いとすぐに市価が下落する危険がある。又レフラクタ・アルバにも小笠原島産と八丈島産とがあるが小笠原産のものが良質である。また一般に大球を促成に選んでいる様であるが、筆者は営利的栽培としては中球が最も数量が多いし、着花の成績も大球に比して劣らぬので、適当であると考える。
五寸鉢への植込時期は普通八月下旬から九月上句までで特に開花を早くするために七月下旬、八月上旬に植込むことがあるが、発芽後盛夏に遭遇するため立枯病の発生が多く栽培が困難である。五寸鉢に植込む球根の数は、球の大小に依り一様にゆかぬが、普通大球で七乃至八、中球で十、小球は十二三球である。植込の間隔は十球の時で鉢の周囲に六、中に四、なるべく等距離を保つ様にし、深さは球の高さだけ土が覆わる程度である。
用土はメロンを作る場合ならば、メロンの古土に堆肥、菜種粕、〆粕を混和したものが適当である。また一法としては経費の節約上鉢を用いずに、石油箱を三切にしたものを用いるが、之によると発芽後茎葉が接し過ぎて、軟弱になり易き不利があるに反し、鉢ならば繁茂するに從い鉢の間隔を隙けてゆけばよいので好結果である。
培養、出荷
鉢へ球根を植込んだら露地の日当り良い風通しのよいところに並べて充分に潅水し、上部からは筵又は麦藁を覆うて乾燥を防ぐ。そして植込後二週間前後で発芽して来るから、覆物を除去し茎葉が繁茂するに従い油粕または鯡(ニシン)粕の液肥を施与するのである。
十月初旬から中旬に水霜が置く様になったならばボツボツ温室内に搬入してよいのであるが、此の頃はまだ一作のサイクラメンが室内を塞いでおるから、サイクラメンを出荷し始めるまでは、フレーム内で培養する様になり、普通十二月中旬から下旬にかけて搬入し始めるのであるが、斯くしたものは一月中旬から下旬にかけて開花し始める。
室内温度は高温に失せぬことが肝心で、高温ならば必ず伸びすぎとなって市場価値を落とすものであるから、夜間五〇度前後日中六七〇に保つ様にすればよい。そして横窓よりは上窓を充分に開くこと。普通葉が十二三枚生ずると花梗を抽(ぬ)いて来るが、これに一輪乃至二輪開花した時が剪り時で、剪る際にはなるべく根際から切る様にする。そしてこれを長短を揃えて廿五本一束とし出荷する。この場合花茎が曲っていると、価格を下すことになるから、培養中は竹の棒の如きものを挿して簡単な支えとするのがよく、従来は竹を立ててその間に糸を張ったものであるがこれは手数を要することである。
以上は普通の促成栽培に従った場合であるが、近年ではフリージアの栽培も非常に進歩して、一旦球根を冷蔵にかけて十一月中旬頃から市場に出す様になり、是等が予想外の高値で取引されることがあるが、これも失敗が多く、経験者でないとなかなか成功しないもので、二月以後の需要の多い季節に出荷する方法が最も堅実であると考えられる。
収支計算
第一作 サイクラメン
第二作 ハイドランヂア
第三作 各種観葉植物
以上
支出合計 四六九円五〇銭
収入合計 一一九〇円
差引 七二〇円五〇銭 坪当り純収入 二四円強
右支出費の外に人工費を加算すべきが当然なれど各自事情を異にするを以て本来最重要視すべき手間賃は略す。
第三作物・各種観葉植物
第三作は夏作になるのであるが夏作としては、近郊でも唯温室を遊ばせ置くのも不経済であると云うので、メロンが専ら作られていたのであるが、夏作のメロンは高温に失し甘味乏しく、市場価格もズツト落ちており、そにも拘らず栽培はなかなか困難のものであるから、それよりも寧ろ観葉植物の鉢物を栽培する方が、確に時勢に叶った行き方であると思う。種類は前述の如きもの、栽培法は各種類に渡るので省略し、次に全体の収支計算を右に掲げておく。(上段の表参照)
東京隣接県に於ける温室運用の一例
此処で近県と称するのは、千葉、神奈川、埼玉の三県で東京府に直接接した地方で、比較的短時間に東京市場に出荷出来る地方である。
是等の地方の温室栽培作物としては従来はトマト、メロン、胡瓜その他野菜類が主なるものであったが、交通の発達した今日では、他の遠隔地の一般農家の園芸化のため、近県の専門栽培家は著しくおびやかされるに至り、作るべきものの選択に迷っている人が多い。
是等の近県の栽培家は将来は切花栽培、即ち現今東京近郊で栽培されている種類のものを襲ってゆくのが当然の帰結の様に考へられる。切花の種類としては一概には云えぬが、一年を通じてのカーネーションの専門栽培も有望であろうし、或は晩夏より洋菊を植込んで、次いで百合、チューリップ等の球根類の促成栽培をなした後、第三作として春からメロンを栽培して、盆にメロンを出荷して一年の温室運用をするも一法であろう。
或はまた九月初旬スヰートピーを下種して同下旬に定植を行い、三月下旬にこれを終り、その後へメロンを植え、これを盆に出荷し、その後へも一度メロンを作って、これを九月中旬に出荷する様にする等の各種の方法が考えられる。是等の内最後の方法は最も現在の処では手固い行き方で、筆者の手下にそれに関しての調査もあるので、次に掲げてゆくことにしよう。
第一作物 スヰートピー
温室の構造
スヰートピーを栽培植物と選ぶ場合温室を新らしく建設する上の注意であるが、これは後作の作物の点をも考慮しなければならないので、スヰートピーだけに理想的の構造に作るのは困難の場合があるが、先づ次の事項に注意を留めておく必要がある。 即ち温室内地床に直接植付けるものであって、然も多量の光線を欲するものであるから、温室の腰はなるたけ低い方がよく、腰なしの温室が理想的である。次は室の側面の高さで、このものは草丈が非常に長くなるから、側高は少くも五呎なければ栽培困難である。植床の幅は三尺乃至五寸位とする。
播種
播種の方法には直播と鉢播とがあるが、温室を後作のメロンに充分に使用せしむる上より見ると、八月乃至九月鉢播しておいて、メロンが終った十月上旬に定植するのである。鉢は五寸鉢を使用し、これに普通の培養土を盛り、五乃至七粒を播きつけ、発芽後五寸程に苗が伸びた時室内に定植する。定植距離は前述の三尺乃至三尺五寸の床幅に対して三列植とし、株間は一尺である。スヰートピーは元来は移植を好まぬ植物であるから、定植する場合は殊に注意して、鉢から抜取った土鉢を崩さぬ様にするのが大切で、根が廻り過ぎていれば苗が弱るし、また根張りが不充分でも土鉢が崩れ易くていけないものである。その点より見て前述の苗の大さの時期を選ぶのが適当である。
土質肥料
土質は一般に粘質壌土がよいとされているが、案外このものは土質を選ばぬのである。唯注意すべきは酸性土壌と、前作に荳科植物を作った土は絶対に避けることで、これは連作を極度に嫌う作物だからである。
肥料は基肥を主とする方がよく、豫め用土と混和しておくのであるが、用土八に対し腐熟堆肥二、及び魚の〆粕を一立坪に対し二貫五百匁と石灰四貫、木灰四貫を加えるだけで充分で、燐酸質肥料など他に用いる必要はない。そして追肥は開花期に至るまでは不必要で、開花後適宜薄い液肥を補足すればよい。
管理
スヰートピーは光線は栽培期間を通じて出来るだけ多量与えることが肝心であるが、決して高温度を欲するものでなく夜間温度四〇度乃至五〇度が適当で、殊に開花後、発蕾を促進せしむる場合は五十五度位が限度である。潅水の程度は気候に依り著しく相違するが、要は一度に充分に与えて回数を少くすることで、この植物が深根性であるから殊にこの点肝心である。
開花後の落蕾では往々大失敗を喫するのであるが、これの原因は一は窒素肥料の過多、一は温室内の過湿のためである(※実際は光の問題が大きい)。殊に晴天の日、昼間室内を閉め切りにしておいたりして、室内を蒸したりすれば、必ずこれで失敗して仕舞う。
採収
この花は蕾で剪ると絶対に開花しないから、一本の花茎の蕾全部が開き切った時である。時間は午後二時以後がよい。輪数の多寡によって相場が異るのであるから、採収した花は先づ色彩別けをして、次に崘數で分けて五十本宛で束ねるのである。束ねる時期は夕方がよく荷造する前に水から上げておき多少凋らせてから束ねないと花弁を傷め易い。
第二及び第三作 メロン
大体第二作のメロンの品種としてはアールス・フエボリツトが適当である。以下培養上特に留意すべき点を簡単に述べることにしよう。
管理
夏作で一番気を付けなければならないのは瓜蝿であるが、これの駆除法としては根元にナフタリン、イマヅ殺虫剤、煙草等は之を用いてもあまり効果がない。これに対して最も有効なのは窓及び入口に塞冷紗を張る方法であるが、これは風通しを悪くするので五厘目の金網を張るのがよい。比較的費用は要するけれども年々使用出来る。 二作目(メロンとしては第一回目)の定植期は大体三月下旬であるが株間は一尺二寸が適当である。そして第三作目は七月中旬に播いたものを八月初旬に定植するのである。
一般に夏作のメロンは冬作とは反対に、出来るだけ室内を冷涼に保つ必要があり、潅水も日中施したのでは根を刺戟して、モザイク病を導く危険があるから、早朝か夕方行うのがよい。
第三作目は開花期が丁度盛夏の頃であるが、アールス・フェボリットは雌花が出にくい傾があるから、この第三作目にはスカーレット、またはこれはまだ一般的ではないが自肉種で夏に強いブリチッシ・クヰンが適当であろう。
収支計算
第一作 スヰートピー
第二作 メロン
第三作 メロン
以上支出 合計 三三〇円
収入 合計 九九一円
差引き 六六一円 坪当たり純収入二二円強
第二作の場合
播種は三月上旬に行って同下旬には定植しなければならぬのであるから、多少スヰートピーが収穫出来る間にメロンのために何うしても温室が必要となって来るので、スヰートピーは惜しくとも早目に終わらせないと後のメロンの方で結局損害を被る様になる。以下メロン栽培に就いてはもっと詳細に述べたいのであるが、このものに関しては筆者はかつて、本誌上に於て詳述したし、本号にても他の人が述べられる筈なのでそれ等を参照して頂くこととして、次に収支の大略を右に示すだけにして栽培は省略することにした。
株間一尺二寸植とすると一床に五○本植となり、三間幅であるから六床設けられるので、三〇〇本定植出来一割不作と見て二七〇個収穫し得られる。一個平均三五○匁位が普通であるが全収量は九四貫となる。百匁五〇銭平均とすれば四七〇円の収入となる。
第三作の場合
第三作のメロンは七月中旬播種し定植は八月初旬で九月上旬から中旬にかけて収穫し得られる。この夏作は栽培が比較的困難なる為に、収穫量は上述の春作に比してズット減少するのが普通であって、株間は前法より広く一尺五寸にとる。すると二四〇本植となり収穫は一五〇個前後が平均である。一個三五○匁平均とすれば五十二貫五○○匁の収量があり、百匁三〇銭を平均価格とすれば、一五七円五〇銭の収入となる。
東京近県に於ける温室運用の一例
此処で述べる範囲は前述の隣接県より更に遠隔の地、静岡、山梨、茨城、群馬、栃木等の諸県である。之等の地方では東京市場への出荷には相当の制限が加えられるので、現在では輸迭の容易なトマト、胡瓜、メロン等の蔬菜類が一般的に見て安全であろう。卜マ卜の如きは前述の如く最近小笠原より多量出荷されているので現在では多少の危険を伴ふのであるが、然し温室栽培の品は市場でも区別され、比較的上値で取引されているので必ずしも悲観すべきではないと思う。つまり是等の地方での温室運用法としては先づトマトを晩夏から始めて、三月頃に切り上げて四月からメロンに替り、次いで第三作としても一度メロンをやるか又は初秋胡瓜を播付けて一月末に採集を終って、メロンを二作目に作り、第三作としても一度メロンを繰返す方法等が考えられる。また一年を通じてメロン専門でやっても、あながち不利ではないが、厳冬期のメロンの需要は僅に贈答用に用いられる程度で非常に制限されており、之加(しかも)初秋から厳冬にかけては光線が弱く、日照時間も短いので発育が思わしくなく、従って収量もズツト減ずるのが普通である。また加熱材料が多量要する等々で一般に不利益な点が多いものであるから、少量の栽培は或は良いとしても大量の栽培は控える方がよいと思う。この例は現在浜松方面に見られるのであるが、殊に同地の如きは今のところでは胡瓜があり、相当の犠牲を払ってそれに就いての技術を会得しているのであるから、一作に胡瓜を作って二作にメロンをやると云う様な行き方が最も得策でないかと思う。
甲州盆地では現在温室栽培品としてはメロンと葡萄に限られている状態にあるが、同地では冬季寒さが厳しい為に、温室は三月初旬から晩秋までの間メロンと葡萄に使用するのみで、冬季は遊ばせておくのである。同地は石炭の運賃を比較的多く要するために高値につくこと、冬季暖房するとなると多額の費用がかかると云うので、冬季温室内を遊ばせて置くのであるが、温室運用の方法としては他に方法がないわけはない筈であって、例えば近年需要を増加しているテチウス(レタス?)や福羽苺の如き、石炭を用いずして低温で作れる種類のものを葡萄樹下で冬季栽培する様にしたら、相当の収入が挙げ得るものと考えるのである。同地の西野村では全村で五千坪の温室を擁しているが、その中三分が葡萄で、七分がメロン栽培に用いられているが、秋から春三月頃までは殆ど何にも利用されていないのである。この期間に若し苺を作るとしたら、石炭を用いずしても坪二間の収入は楽に挙げ得るであろう、そしたら全村では一万円の収入を増すことになる。
これ等の比較的大都市に遠隔の地の温室運用の一例として、第一作に胡瓜、第二作にメロン、第三作にメロン、の場合を述べて見よう。
第一作 胡瓜
設備
温室を建設する場所としては、勿諭余り強く北風等の吹曝さぬところがよいのであるが、他の作物の場合とは異って、胡瓜にしろ、後作のメロンにしろ両者共に特に通風を欲するものであるから、成るべく通風の計れる場所を選ぶ必要がある。次に地下水の高低であるが、胡瓜が地床植であるから、後作のメロンも何うしても地床植で作らなければならなくなるが、夫等の点を考慮して地下水の低い排水の可良な地を選んで建設することで、殊にメロンはこの点で決定的な損害を蒙ることもあるから注意すべきである。
育苗
種類としては針ヶ谷、落合二号等が現今主に作られているがこれ等の何れかを一二月十五日乃至二十日頃に平箱に播き、発芽後は甲析(ママ※甲折こうたく=発芽した幼葉)の開かぬ間に移植するのであるが、それには温室内の一部分に苗床を設け二寸問隔に植出すのである。その後三日目に二回目の移植をし、更に本葉の二枚目が二銭銅貨大になった時、三回目の移植をするのである。苗床の用土は定植土よりは堆肥を多い目にするのである。
定植
定植床は幅二尺五寸、深さ一尺位とし底部に少し釀熱物(切藁の如き)を敷いておく事は効果的である。本葉三枚目が半開の時分が定植の適期で、一尺間隔に二列植とするのである。肥料は定植前は特に与えぬ方が徒長せしむる危険は少い。そして定植後根付いたのを見て、菜種粕、大豆粕、過燐酸石灰、硫酸加里等の混合肥料を床一間の長さに対し一升程与え、上から一尺の覆土をする。その後蔓が二尺位の時一回、収穫の最盛に一回、都合三回同様にして肥料を与え、他に水肥としては人糞尿を定植後三回施す程度で充分である。
管理
苗の内は灌水を控え目にして徒長を防ぐことが胡瓜の場合特に大切である。成育後は普通日に一度高温時に充分与え、雨天
曇天には避け、寒い日も手控える様にする。寒中は殆ど換気には考慮する必要はなく、唯特に暖い日だけ日中天窓だけ開く程度でよいが、三月になってからは、日中は相当換気の必要がある。また寒中でも閉め切りで高温多湿に過ぎると、徒長させて失敗するから、栽培適温五○度乃至五五度を標準とし、六〇度以上の高温度は避けなければならない。
収穫の適期は顆(か/つぶ)が三寸乃至四寸に伸びた時で、一株当りの平均収量は大体三〇本である。一坪平均十六株とし、全室で四百八〇株、一本平均二銭として二八八円の収入となる。
次に第二作、第三作のメロンであるが、これは前述の隣接各県の場合と栽培については変りはないのであるから、次に収支計算に移ることとする。
収支計算
第一作 胡瓜
第二作 メロン
第三作 メロン
以上
支出合計 二九八円
収入合計 九一五円
差引 六一八円 坪当り純収入 二〇円強