1961年(60年前)の、 いけばなとテレビ 舞台空間やテレビ番組の映像イメージを大きく左右させる美術「装置」への展開
『小原流挿花』1961(昭和36)年 6月号から
*高田一郎氏は舞台美術家、武蔵野美術大学で教授を務められた。
*ペリーコモ・ショーの図以外の舞台美術、装置の制作は、小原流の「いけばなデザイナー」工藤和彦氏とル・オブジェ・アール・スタジオの栗田明氏が関わったとある。
*工藤和彦氏は大正15年、小原流の工藤光洲・光園の次男として東京に生まれた。長男はいけばな評論家であり花道史家であり実作家でもあった工藤昌伸氏。2016年に逝去された。90歳。
プロフィール
*株式会社ル・オブジェ・アール・スタジオ(STUDIO L'OBJET ART CO.,LTD.)は、テレビ番組の美術製作・大道具および背景セット・オブジェを行う制作プロダクション。日本テレビ系を中心に仕事をされているという。
https://studio-objet.wixsite.com/objet
『小原流挿花』1961(昭和36)年 6月号から
陽のあたる場所の背後で ――若々しいテレビの装置―― 高田一郎
「あなたは最近土をふんだことがありますか」――と都会生活をしている人にきいてごらんなさい。
「土ですって?」
大ていの人はまずそういってから、一寸考えるでしょう。
「さあ、そういわれると……そうだ、先月ハイキングにいったときにはたしかに土の上を歩いたけど…」というようなことになってしまいます。
都会に住む人々にとっては、自然は遠のいてしまい、たとえ小さくとも、庭を持って草花を楽しむことなども難しくなってしまいました。
鉄筋のアパートに住み、コンクリートとガラスの壁の中で、人工光に照らされながら働く、現代の私たちの生活様式は昔とは完全に変わってしまいました。
私たちの周囲には、自然の草木のかわりにビルがそびえたち、その間を沢山の自動車や電車がいそかしげに走り廻っています。
このようなメカニックな世界のなかで過ごす、現代の人間の生活感情には、昔のようにのどかな、ロマンテイックな草花では表現できないのは当然でしょう。
それを表現するために、鉄とかプラスティック、ガラスなどの新しい材料が用いられるようになりました。
このような例が、写真の①、②です。現代社会の象徴ともいえる鋼鉄の構成により、昔にはなかった新しい美が追究されています。そこには草花のやさしい人間的な安定感とは反対に、非情な非人間的な不安感が表現されています。そういったものに現代人は新しい美を発見するようになったのです。
即ち、やさしい草花の美と、鉄などのオブジェの美とは、それぞれ反対の性格を持っているということができましょう。
ですから、③のように、直線的な、メカニックな感じの容器と、ロマンティックなばらの花とが何んとなくぴったりせず、不自然な感じがするのは当然だと思われるわけです。
勿論、そういった不自然さを利用しなくては、複雑な現代の美を表現することはできないと思います。しかし、それには、花の種類や形が、今までとは違った、新しい方法で処理されていなくてはならないのです。
④は、これの成功した例です。不定形な葉が効果的にあしらわれ、鉄の直線的な形の単調さを破っています。そのうえ、歌手の衣裳ともマッチして美しい装置となっています。
テレビの装置が、普通の装飾と違うのは、出演者との調和が必要なことです。いくら豪華な装置でも。出演者とマッチしなければ、その装置はまったく価値がないといえるでしょう。
そのような意味で、⑤、⑥はなかなかいい装置です。或る程度、歌手の性格を表現している上に、音楽のリズムがうまく視覚化されているではありませんか。
装置をデザインする面白さは、ただ単に、形の美しさだけを求めるのではなく、音楽のリズムとか、番組の雰囲気とか内容を、どう表現したらいいかと色々考えることです。
⑦はシェークスピアの「十二夜」の舞台装置です。この芝居の持つものを、私は酒樽と切株で表わしてみました。下手の酒樽は愛すべき「お酒」を表わし、上手のつるばらのからんだ切株は「愛」を象徴しているのです。それはLOVEの頭文字Lの形をしています。これなどは、生花にたずさわっているかたでしたら、私よりもっと面白く作るかもしれません。
装置だけが孤立しないで、戯曲と結びつき、ドラマのなかにとけ込んで装置独特の美しさを発揮するには、ディレクターやカメラマンとの密接な協力を必要とします。
ペリーコモ・ショーの美しく楽しい装置はディレクター、カメラマン、俳優たちと、デザイナーのアンサンブルからこそ生まれてきているのです。造型力の点では日本のデザイナ-とそんなに大差はないと思います。(⑧⑨)
私たちは、ペリーコモ・ショーの装置のアメリカ的なスマートさに心ひかれますが、⑩などは、逆にアメリカに持っていけば、その日本的な魅力が喝釆を博すことと思います。
日本の伝統の基盤の上に立って、若若しい現代感覚を身につけたいけ花のデザイナーたちの仕事は、テレビの装置の分野でも大いに期待されているのです。(⑦⑧⑨以外はル・オブジエ・アール・スタジオ。工藤和彦・栗田明作)