ドライフラワーや冷蔵庫などアイデアマン「山口 子」氏と1969年(昭和44年)頃の雑誌広告
1968年の『フラワーデザインのすべて』の広告から1年後に出版された新版では、どのような広告が掲載されていたか。大きく分けると、資材関連とスクールの広告となる。
このなかに、「日花」という名前のドライフラワーの会社がある。日花株式会社の広告は68年も69年もどちらにも掲載されている。
この「日花」は、山口 子(しげる)という人物が経営する会社だ。山口氏の「子(しげる)」というお名前はとても変わっており、過去の園芸誌をながめているとき、あちこちに寄稿されていて、印象に残っている。山口氏は活動的な人物でたいへんなアイデアマンだったようだ。
特筆すべきは、現在でも多くの花屋さんで使われている「フラワーキーパー」(陳列用の冷蔵庫)を昭和30年代後半に、日本で初めて開発し、紹介した(展示されたキーパーは、名古屋の花甚、内山錦吾社長の店に納められた)→久保数政氏の『フラワーデザイン覚書』2014にも展示品が内山氏のもとに納められたと記されている。
また、当時、たいへんなブームとなったドライフラワーの仕掛人的な役割を担った。フラワーデザイナーの池宮妙子氏とはパートナーとしてともに日本のフラワーデザイン界の発展に貢献された。 池宮氏の東京フラワーアカデミーを卒業後、アメリカに留学し、一時期同校のデザイナーとして活躍した一人が福徳八十六氏(エクセレント12メンバー、永島四郎氏の弟子の一人)である。
※池宮妙子氏のプロフィール
恵泉女学園短期大学園芸学科第4回生。卒業後、小石川植物園に勤務。志を得て、シカゴのキスラー・フラワー・アートスクールに留学。帰国後東京フラワーアカデミー主宰。(『恵泉女学園短期大学誌』2009)
山口氏について、いままでよくわかっていなかったが、2021年に発行された『日本花き園芸産業史・20世紀』に、名古屋園芸の小笠原左衛門尉亮軒氏による詳しい人物紹介があるので、ここに引用する。
山口氏が千葉高等園芸学校の卒業生であること、清水基夫氏と親しかったこと、山口氏の会社に島村宜弘氏(後のガーデンライフ編集長)がいたことなど、驚くような内容である。
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稀代の花き園芸アイデアマン 山口 子 (やまぐち・しげる) 大正2~平成16年(1913~2004)
東京都出身。関東大震災により兵庫県に移住。昭和8年千葉高等園芸学校(現千葉大学園芸学部)卒業後、地元の山水中学校にて生物の教師となる。 20年8月終戦翌日教師を退職。 21年頃省線大阪駅弘済会の預託を受け、大阪駅構内で野菜種子、ヒヨコなどを販売開始。28年大阪園芸家禽㈱を設立、社長。28年アメリカの種苗会社パピー社、ドール社より種子輸入。花き園芸の将来を見る。29年卸売部の開設。カタログ販売開始。オランダよりチューリップ、グラジオラス等球根の新品種を輸入。
30年欧米よりヤシ類、アナナス類の輸入。38年ドライフラワーの導入。 40年社名を日花に変更。 44年万博開催に伴う大阪駅改修により売店の移転。46年小売・卸部門閉店。
筆者(*小笠原左衛門尉亮軒氏)は、昭和27年(1952)度愛知県立清洲園芸試験場において、山口子氏の親友の一人であった清水基夫氏に師事し、山口氏の存在を知った。後29~30年(1954~55)度京都大学古曽部園芸場で瀬川弥太郎氏の教えを受け、山口さんのお店を紹介され、時々見学させていただいた。その頃の大阪園芸家禽さんの社員として、清洲で一緒であった小谷克巳氏(義弟の由)と島村宜弘氏(後のガーデンライフ編集長)も社員として在職しておられた。古曽部を終了して帰省の折、園芸売店の実習をしたく、瀬川先生に願って大阪園芸家禽さんで1週間の短期であったが販売店員のイロハを教えてもらった。その頃のことを思い出すと、
A)園芸植物類の販売が主力であったが、社名が示すように家禽を含め今日でいうペットを扱っていた。
B)生花部が併設されていた。
C)種子類は、米国ボール社からの輸入絵袋に和文説明書を入れ、絵袋種子の信頼性と品質を高められた。
D)球根類は、店頭販売中の混合を避けるため、1球づつセロハン包装し中に品種名と花容説明の小紙片を入れた。
E)苗木類にはできるだけ詳細な情報と写真を付ける。根巻苗は芸術品と思えるほど丁寧なわら根巻き包装がしてあった。などなどである。その後、
F)昭和30年代後半にはアメリカの花屋で見たフラワーキーパーを冷機会社と共同で開発、第1号機は名古屋の花甚(内山錦吾社長)に納まり、やがて全国の花店の設備の常識となった。
G)ドライフラワーの導入、それによりフラワーデザインの一般化、普及のきっかけへと発展。
以上、思いつくまま書き並べたが、大変なアイデアマンであり、実行力はすばらしいものがあった。
(名古屋園芸㈱取締役隠居・小笠原左衛門尉亮軒)
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以下、『フラワーデザインの全て』改訂新版に掲載された広告ページをを掲載する。