山根翠堂、いけばな入門者の心構えについて

 大正期にわきおこったいけばなの自由花運動の急先鋒としてその意思をつらぬいた山根翠堂氏が書いたいけばな入門書に、おけいこに望むものの心構えが書かれている。新しいいけばなへの変革にかける山根氏の心意気が感じられる一文を紹介する。当時は、床の間が花をいける主戦場である。

紹介する本は『投入盛花講座 : 別名盛瓶花講習録』 山根翠堂 みどり会出版部 1928(昭和3)年というものの。これは国立国会図書館のデジタルコレクションに入っているので、閲覧、ダウンロード可能。

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1028975

花をいける前の段階の部分を以下に抄録する。まず、花をいける場所づくりから丁寧に説明していて、そこがとても重要だと指摘しているのが興味深い。



『盛花瓶花講習』  講師 山根翠堂 *読みやすく漢字や仮名遣いをなおし、改行をしています

一、実習の準備

 只今より瓶花と盛花の講習をいたします。講習にさきだちまして申し上げたいことが無いでもありませんが、既に皆さんは、拙著「新時代の挿花」その他を御愛読下さって、瓶花と盛花に対する私の考え方の大体を御存じの筈でもありますし且つ講習の内容が思ったよりも長くなりそうでありますから、前の言葉の一切を略しまして、直ちに実習の準備をして頂くことにいたしました。

一番で最初に、無地かそれに近い壁か襖を背景に選んで下さい。挿花は色と線の調和を生命とする芸術でありますから、色の単純な、線の細い、あっさりとした模様の襖でさえ出来るだけはさけたいのであります。まして座敷の庭に面して花器を持ち出すなどは絶対に避けなければなりません。庭の植込の色や線が背景になるなれば、花材の選択やその配置にどれくらい不都合であるかは説明を要しないことでありましょう。でありますから、やはり屏風か襖か壁をバックに選んで下さい。少し大げさでありますが、青、萌黄、こげ茶、などの内で貴方が一番よいと思はれる色のモスまたは白の木綿でバックを作るなどは更に面白いでしょう。

かくして背面に、眼障りになる色や緑のない講習の場所が出来ましたらそこをすっかり片づけて、気もちのよいまでに掃除をして下さい。この掃除をすると云うことは何んでもない様でありますが実は非常に大切なことで掃除の有無が直ちに心の落つきに影響し作品を支配しますから、どうせ汚すのだからなどとよいかげんに捨てて置かないで、極めて丁寧に掃除をして下さい。お掃除が済みましたならば、花筵、しきのしござ、メクリ、何んでもよろしい故、畳その他をよごさない様に敷詰めて下さい。

次に床の高さよりは少し高い………床+花台………ほどの台を置いて下さい。(相当に巧みになれば床の上で花台も本式に使い、生けあげてからは少しも上下しない様にして挿したいのであります。枝の傾斜の度が一分違っても、一枚の葉の位置が心もち上下しても大問題となる様な挿花が沢山にあるのでありますから)台が正しく置けましたなればその上に花器を置き必ず水を七八分いれて下さい。この水をさきに入れて置くことも誠に必要なことであります。暑い時はどんなお宅でもたいていは始めに水を入れられますが、秋冬春の候は、殊に水揚りのよい材料の時は、どうかすると水は後からなどと云はれるものであります。今更喋々するまでもありませんが、水は人の気分を落ちつかせることに大変な力をもって居るものでありますから、春夏秋冬、水揚りのよしあしにかかわらず花器の水は必ず挿花にさきだちて入れて置きたいのであります。

次に鋏とタオルと花材と水揚用刺激剤(薄荷油、酒石酸、やきみょうばん、等、等、等)を花盆………あり合せのものでよろしい………に載せて持ち出しその前の右もしくは左(本勝手の時は向って左、逆勝手の時は向って右)よりに置いて下さい。

次に花器を載せた台の前端から凡そ八寸ほど離れてピッタリ正座して下さい。すべて稽古ごとはこの姿勢が一番で大切なのであります。姿勢がくづれたら作品もくづれます。姿勢が正しければ作品も正しく品格も備わります。殊に挿花の場合はそれが甚だしい様であります。花器花台と作者との距離なども近きに過ぐれば花が後方へ傾きますし、その反対なれば花は前方に傾きすぎます。八寸から一尺まで位い離れて正座するのが最もよいのであります。それから心を落ちつけて静かに瞳を閉じ暫くして開き下腹にウンと力を入れて五七回深呼吸をして下さい

まことにつまらないこともったいいらしく強いるようでありますが、短時日の講習で生花芸術の第一義に触れて頂くには、どうしても只今まで申し上げた事柄を守ってもらって精神と肉体を調和せしめ所謂挿花気分なるものをクライマックスにまで導いて置かなければならないのであります。殊に何事でも教えたり習ったりするのには最初に角を立てて置かなければなりません。十二分角がたったら漸次に角だけ落して行くのが一番無難な教授法なのであります。是まで申し上げた事も、これから申し上げんとすることも始めに角を立てて後に角を落して行く手近な方法なのでありますから暫くの間は必ず厳守して頂きたいのであります。たといそれに幾分かの矛盾がありましても、高きに導く手段だ、月を指す指だ、悟りへの方便だと思召して暫くの間御辛捧が願いたいのであります。(以下省略)

*太字はマツヤマ




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